セノグラファー/建築家の渡辺瑞帆さんからトライアルレポートが届きました!
vol. 16 2021-05-12 0
THEATRE for Allの「劇場をつくるラボ」へ参加し始めたのは2020年末。思い返すと昨年はコロナウイルスの蔓延から始まり、渦中でいかに劇場という場を担保していくか、いかにオンライン上での新たな創作・鑑賞手段へと向き合うか、劇体験そのものを大前提から再構築しなければならない1年でした。
この状況に対し、セノグラファー/建築家である私にとってのひっ迫した問題は、演者・鑑賞者らの身体を媒介する時間と空間の新たな関係を設計しなければならないということでした。
劇体験とは視覚や聴覚など五感によるものだけでなく、精神や身体がどんな状態で、何の服を着て、誰と、1日の間でどのような流れでどんな街にある場所で作品を観るのか、その後に関連の物販を見たり、感想を話したり、その後見た景色や風がいつもとどのくらい違って見えるのかなど、時間経過や前後関係を含めた過程から成り得ます。
劇場というリアルな場でも、オンライン上であっても本質は変わらないのですが、コロナ禍によって劇場の機能が大幅に制限されてしまった状況においては、オンラインに過度に期待をしたり、劇場特有の機能を添付できないか模索したり、という潮流が生まれているように思います。THEATRE for Allの「劇場をつくるラボ」はその流れの中でまさに「オンラインの先にある空間をいかに劇場化できるか」ということに取り組むプロジェクトでした。
私は劇場とは“約束事“そのものだと考えています。現実から観るべき対象を切り取る視点を持って観る姿勢をとるという行為と、フィクションの器を集団で共有するための装置、それらが劇場の本体であり、建築自体はそれをそっと促しながら構造を支えるささやかなものです。劇場はあらゆる形で存在しうるものです。
また日本では、小劇場運動のように表現者は自らの手で表現の場を獲得してきた一方、鑑賞者もかつては民間の力で村ごとに芝居小屋を建ててきました。小規模なコミュニティの瓦解と共にそれは次第にテレビにとって代わられ、今やオンライン配信がその地位にいるのかもしれません。鑑賞者側が限りなく個々の単位に分散した先では、デバイスだけが「劇場」の機能を担保します。これまではリアルな場の劇場においてその機能の不足分を補っていた(というよりは棲み分けていた)ように思います。
師である平田オリザは総合病院になぞらえ、創作発表・研究開発・市民交流という異なる機能を劇場は持っていると説明していますが、それらをデバイスだけに一時的にだとしても担保させられるのでしょうか。また、先に述べたような劇体験の豊かさをオンラインを通じて届けることはできるのでしょうか。難題であることは明らかですが、“一時的”がいつまで続くのか分からない今、可能性を切り拓いていかねばならないですし、オンライン配信が一般化した今、これを機に新たな表現の可能性にも繋げていきたいと思っています。
たんぽぽの家さんとの打ち合わせで一番印象に残っているのは、今回の取り組みの中で目指すことを議論する中で、スタッフの中島さんが「同じ作品を個々の事情に合わせた鑑賞方法やデバイスで観ることで、それぞれの活動場所や生活リズムが違っても、同じ時をたんぽぽの家という場所で過ごしたのだという共有体験にしていきたい」と仰っていたことでした。
アートを通じた生活介護事業と就労継続支援B型事業をされているたんぽぽの家には、施設内を自由に歩き回っていたり、車椅子利用であったり、お住まいであったり通いであったり、様々なメンバーさんとサポーターさんが集っています。これまでの空き時間のレクリエーションがコロナ禍で行いにくくなってから、動画を見る習慣が出来てきたとのことでした。ある人にとっては便利・快適だけどある人にとっては不便・不快であるということが顕著に起こりやすいという状況に対し、配信とその先の空間を組み合わせることで新たな経験を作り出せる可能性があるように思われました。
2月に行った2週間の実験では、個々がデバイスを取捨選択しながら配信作品を自由に鑑賞できる環境づくりと、集まって配信を観る時のデザインを、梅原・板坂・渡辺のチームで行いました。
東京に一度デバイスを集約させて点検や基礎配線をしてもらった上で現地に配送し、関西にいる私と助っ人の3人でとインストールしたのですが、当たり前ですが「環境」は一朝一夕で出来上がるものではありません。インストール時にも色々とたんぽぽの家の皆さんの手をお借りしたのですが、実験では我々とサポーターさん、サポーターさんとメンバーさんの連携の具合が結果に直結しました。また、人によってデバイスやアイテムの向き不向きが本当に様々だということや、デバイス単体の設計可能性など、様々なフィードバックがありました。
ラボを銘打っているように、今回のデータを元に更なるトライアンドエラーを繰り返しながら、「THEATRE for ALL」を実現できるよう取り組んでいければと思っています。
渡辺 瑞帆
セノグラファー、建築家。1991年生、東京出身。
早稲田大学建築学専攻修士課程修了、2016-18年フジワラテッペイアーキテクツラボ、2017年~劇団青年団演出部、2019年~兵庫県豊岡市地域おこし協力隊、2020年~豊岡演劇祭フリンジコーディネーター。直近の活動は温泉街各所で大道芸を起こす「城崎 meets 大道芸」のコーディネートなど。あらゆる設計行為を通して場を劇場にすることを志向している。
Photo: Kenji Seo