ブブゼラを鳴らすとき〜池亀三太、劇場スタッフ モラルとの衝撃的な出会い〜
vol. 28 2020-04-06 0
芸術監督の池亀三太です。
先日、モラルさんが私とのエピソードをここで書いてくれました。
「僕と池亀さん」
https://motion-gallery.net/projects/sakichi2020/updates/28112
モラルさんも書いていた通り、私もモラルさんのことは王子小劇場で同僚になるまでは同年代の劇団主宰者としてバチバチに意識していました。
大学のサークルや、専門学校といった正攻法ではなく、脇道からぬるっと演劇の世界に入ってきた私にとって同年代の劇団主宰と仲良くなれることなんて一生ないと思っていたので、なんだから嬉しくて今でもちょっと照れがまじった塩対応をしてしまったりしている。
そんなモラルさんとの衝撃的な(一方的な)出会いについて書いてみようと思う。
あれは私が20代前半の頃。つまりモラルさんも20代前半。
「犬と串」という劇団がなんか話題になっているということは割と早めに耳に入っていた。
当時の私は小劇場の新参者として完全に孤立しており、大学のサークルで立ち上げられた劇団全てに対して嫉妬に狂い、どうにか潰れてくれと様々な宗教の神様に祈っていた日々だったので、「犬と串」という劇団ももちろん敵意剥き出しで注視し、「あえて観に行かないぞ」という戦法でなんとか自我を保っていた。
だって面白いって話題になってんのに、観に行って本当に面白かったら悔しいじゃん!というのが観に行かない戦法の主な理由だ。あと、例え私1名とはいえ観客動員数に貢献してはならない!とも思っていたのだ。
今思えばゾッとするほどの器の小ささ。
そんなある日、複数劇団が15分の短編作品を持ち寄って上演するというあのミセスな方々が主催していらっしゃる例の小劇場スマッシュヒット企画に「犬と串」が参加するということを耳にした。
ちなみに以前そのミセスな企画にはまだ旗揚げ前の「ろりえ」が参加しており、偶然にも観劇した私は同年代らしいと噂のろりえの作品をそこで目撃し、びっくりするくらい面白く、あまりにびっくりし過ぎて、嫉妬に狂ったという経験がありだいぶトラウマでもあったのだった。
絶対に観に行ってなるものかと思うも、あまりに気になりすぎた私は「これはミセスな人たちが主催しているから『犬と串』の動員数に直接的にはカウントされないわけだし、っていうか、たまたま他の参加団体を観たいと思っているだけだし、」と誰に聞かれたわけでもないのに脳内でダラダラと自分用の言い訳を垂れ流しながら池袋の劇場へと向かった。
ろりえのトラウマが蘇り、今回は強めに心臓を叩いて客席内へと足を踏み入れる。
自由席となっている客席を眺め回し一番前の端のほうの席を選んで着席した。その時は、まさかその座席選択が衝撃的な出会いの要因になるとも思いもせずに。
上演が始まり、2団体目、ついに犬と串が登場した。
「ほお、なかなか面白いやんけー」
と、開始直後には既に脳内では強がってみせていた。
演劇という枠組みをギャグにした全セリフ、全動きがコメディ全振りな思い切った作品。
去年のM-1で「ぺこぱ」が長い漫才の歴史をまるごとネタ振りとして使ったような衝撃的漫才を披露していたが、その時の犬と串がまさに演劇というそのものをまるごとネタ振りとして、演劇の上演という行為自体をギャグに昇華してみせた野心溢れすぎる作品だったのだ。
15分の作品にぎゅうぎゅうに詰められた笑いの仕掛けに爆笑に包まれていく客席、そんな客席の端で私はひとり、笑ったら負けだ!絶対に笑ってなんぞやるものか!と腹筋に力を込め、ただひとり負けられない戦いをしながら舞台上を凝視していた。
その時、衝撃的な事件は起きた。
劇も中盤に差し掛かったとき、突然、客席後ろの扉が開いて不審な男が入ってきてしまったのだ。
男は何やらブツブツとひとり言をつぶやきながら客席通路を前へと進んで行く。男のひとり言は場内全体に響く大きさで発せられており、観客たちの目線は舞台上ではなく不審な男へ向けられ、舞台上の俳優たちも明らかに戸惑いをみせている。
これは完全なる上演の妨げ行為だ。主催者のミセスな人たちは一体なにをやっているんだ。
あまりに衝撃的なトラブルに騒然とする客席。
私も何度も後ろを振り返り男の動向を確認する。すると更に衝撃的なものが目に入った、なんと男の手にはブブゼラが!
ぶ、ブブゼラ!?
それを僕がひと目でブブゼラだと認識できたということは恐らくサッカーワールドカップ南アフリカ大会のあとだったのだろうか、とにかく明らかに男の手にしているそれはブブゼラだったのだ。
男はなおも前へと進み、いよいよ客席最前列へ。そして、最悪なことに運悪く空いていた私の隣の席に着席したのである。
着席してもなお、舞台上に向けてしきりに喋り続ける男。
舞台上の俳優たちは戸惑いながらも懸命に劇を進行している。
他の観客達の視線が舞台上ではなくこっちに集まっているのが分かる。なんでよりによって私の隣に座ってくるんだと、思いっきり睨んでみせたが、当のブブゼラ男は舞台上に夢中らしい。
記憶が曖昧なのだがブブゼラ男は舞台上の俳優に向けて「頑張る若者を応援しよう」的なことを言っていたと思う。
応援されずとも既に舞台上の俳優たちは頑張っている、頼むから黙ってやってくれ!と心から願った。
しかし、恐れいていたことは起こる。
なんと男は手にしていたブブゼラを口元に運ぶと、思いっきり吹いてみせたのだ。
ブブゼラ特有の不協和音が場内に響く。もう演劇どころではない。
不安そうにしていた観客たちもついそのブブゼラ男の奇行に笑ってしまっている。
男はしきりに舞台上の若い俳優に「頑張れー」と声援を送り、その合間にブブゼラを鳴らす。
確かにブブゼラはサッカーの応援で使われていた。応援で使うことはブブゼラの使い方としては正解かもしれないが演劇の鑑賞のしかたとして完全に間違っている。
ああ、もう台無しだ、と思っていたが、あまりの逆境からだろうか、不思議と舞台上の俳優たちからは戸惑いは消えて、振り切れたように堂々と演じきっている。観客たちも舞台上に魅入って、たまに鳴るブブゼラで笑い、劇場全体になんとも言えない一体感が産まれていた。
そして気づくと僕も自然に笑っていた。・・・完敗だった。
あっという間に激動すぎた15分が終了した。
圧巻の15分だった。
圧巻すぎて嫉妬で狂うとかでもなかった。
(とはいえ、帰宅後就寝前にやっぱり狂った)
そのときの私はまだ知らないのである、隣に座ったそのブブゼラ男こそが「犬と串」主宰で脚本・演出のモラルさんであったことを。
一方的ではあるもののそれが衝撃的すぎた、モラルさんとのファーストコンタクトだったのでした。
時は経ち、同じ劇場で働くことになり、あのミセスな15分の企画に私が脚本・演出で参加したときはモラルさんに出演してもらったりもした。
(『15 Minutes Made Volume14』より)
モラルさんは今は映像方面の脚本家をメインとして毎日忙しそうにしている。昔の私だったらその忙しそうにしている姿を見て嫉妬に狂っていたんだろうけど今は純粋に応援できるし、私も頑張らねばと沢山の刺激をもらっている。
そんな感じ。
新型コロナウイルスの感染拡大状況は出口が見えない状況が続いていて、演劇を取り巻く状況も厳しくなる一方です。
今回のこのクラウドファンディングで少しでも演劇を未来へと繋げてくれる若い才能を助けたいと思っています。
若手を応援する劇場として、今こそまさにブブゼラを鳴らすときである。