<製作ノート⑤>撮影監督・角洋介について
vol. 16 2021-09-19 0
『ブラックホールに願いを!』監督の渡邉です。
本作の企画決定までに、数え切れないほどの企画を友人たちと立案しました。
今回はその友人たちのひとり、撮影監督の角洋介を紹介したいと思います。<製作ノート①>にも記した通り、彼が本作の一番最初の言い出しっぺです。
角洋介との出会いは2012年の大学入学ごろだったと思いますが、実は明確な出会いの瞬間は覚えていません。
角くんが僕・渡邉聡について記した名文があるのでぜひご覧ください。『ブラックホールに願いを!』がまだ情報解禁前でやんわりとしか触れられていない点や、僕が人格を疑われている箇所は必見です。
共犯者
上記リンクに記されている通り、彼を映像の沼に引きずり込んでしまったのは僕であります。結果的に劣悪環境・長時間労働・悪徳ブラック企業はびこる映像業界に誘い込んでしまった責任を痛感いたします。
2014年『大怪獣グラガイン』の撮影現場にて、僕と角洋介。二人の身体のシルエットの変化に無常を感じます。
2013年、とある商業映画が福岡県で撮影されました。その現場にボランティアスタッフとして参加した当時大学1年生の僕と角くんは、洗練された商業スタッフの動きや、分業化された職分などの制作体制に感銘を受け、STUDIO MOVES(当時は映像製作団体Move)をともに設立いたしました。
2013年製作・Move第1作『No destination traveler』MV以来、ほぼ全ての僕の作品を角くんが撮影しております。驚異です。
とにかく面白い映像作品を作りまくろう、という意気込みのもと、角洋介と邁進し続けた20代でした。
自分で言うことではないのですが、僕の人格はとても褒められたものではありません。信じられないほど気分屋で、突然鬱になったり躁になったり、数分後には真逆のことを言って翌日には忘れたりしてしまいます。そんな僕と映像を作り続けた角洋介には、(気恥ずかしくて面と向かっては言えませんが)感謝の念しかありません。
何より、「面白い映画を撮ろう」とひとこと言えば、有無を言わさず乗ってくる、そのフットワークの軽さ、重い機材をひとりで抱えて現場にやってくる姿には、いまも心強さを感じます。
心臓の病気
2019年7月7日、池袋で角くんと『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を見ました。その翌日、角くんの心臓の病気が発覚しました。
当時、本作の企画開発が極限まで行き詰っていたこともあり、僕もとても塞ぎ込みました。(詳細はまた別の記事で解説いたします)
なんとか一命を取り留めた彼は、その個人的な体験を消化し、短編映画『レミングたち』を製作いたしました。当時の記録を角が記した記事もご覧ください。
そんな体験をしてもなお、相変わらず重いカメラを持って走り回る彼の姿に心強さを感じます。本作の完成には、引き続き角くんの力が必要であると痛感いたします。
本作の完成まで、どうぞよろしくお願いいたします。
次回予告
2017年7月、企画が決まらず悩み続ける渡邉はついにアメリカに逃亡し、当時アメリカ留学中だった角洋介の家に転がり込んでしまう!
果たして渡邉は企画決定のヒントを掴み取ることができるのか!?