なぜ野宿者の健康状態は悪いのか?「それどころじゃない」現実を変える(西岡誠さん)
vol. 5 2016-09-27 0
ハウジングファーストを東京で実現するためには、医療関係者、社会福祉関係者、不動産業者など様々な立場の人たちの連携が欠かせません。
一般社団法人つくろい東京ファンドが参加する「ハウジングファースト東京プロジェクト」は、都内でハウジングファーストを実現するために、6つの団体で構成しているコンソーシアムです。このプロジェクトのキーパーソンに、ハウジングファーストの理念やプロジェクトを進めていく上で大切にしていることをうかがいます。
キーパーソンの5人目は、西岡誠さん。医師として野宿者を対象にした無料医療相談会で活動をしてきた経験から、「健康と住まい」の関連について語っていただきました。
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なぜ野宿者の健康状態はこんなにも悪いのか?「それどころじゃない」現実を変えるために
西岡 誠(にしおか まこと)
内科医。世界の医療団・ボランティア医師。ゆうりんクリニック院長。
研修医の頃より、生活困窮者が多い地域で診療に従事し、2013年1月から世界の医療団・ボランティア医師として池袋の医療相談会、夜回り活動に参加。2016年4月有志とゆうりんクリニックを設立した。好きな言葉「順天應人」
◆治療しない人達
無料医療相談会で、野宿している方や生活に困窮している方の相談を受けていると、健康状態の悪さにまず驚きます。血圧が180を超える重症高血圧の人や、痛風発作を頻繁に起こしている人、糖尿病で口の渇きと多尿とを訴える人、腰や膝の痛みで歩行に支障のある人などとよく出会います。相談会に来ている歯科医も同じ印象のようで、来る人来る人みんな歯がボロボロなのだと言います。そして相談に来た方々も、カラダのことは気にしている。気にしてはいますが、なかなか治療しようとしません。
治療するお金が無いのでしょうか?そうかも知れません。健康保険証を持っていないから?もちろんそれもあります。でもお金がなくても、保険証を持っていなくても、病院にかかることは出来ます。無料低額診療や生活保護がそれです。それなのにどうして治療しないのか。医療相談を受け、夜回り活動で話を聴くにつれ、野宿している人達が治療を受けない理由が解ってきました。
◆それどころじゃない
野宿している人達にとっては、明日の仕事、今日の食料、寝場所がとても大切です。そして仕事がなくても、食料がなくても、人は眠らねばなりませんから、一番大事なのは寝場所と言っていいのかも知れません。雨風をしのげ、ガードマンや警官に追い払われず、疲れた身体を休める寝場所が必要です。一般の人が空気のように思っているモノの優先順位が上がる。このため健康問題が後回しになってしまう。
ただ健康問題の優先順位が低いといっても、風邪を引いたり、腹を壊したり、腰や膝が痛むのは辛いし、明日の仕事にも響く。だから無料医療相談会はいつも盛況です。病気予防のためマスクを求める人や、もしもの時のための薬を希望する人も大勢います。仕事や食料受取りに支障をきたす病気には、誰よりも気を配っているといえます。
ところが寿命に直結する高血圧や糖尿病、肝臓病といった病気は、多くの場合、病状が悪くなるまで無症状です。取り立てて辛くもないものに手間をかけてはいられない。それより仕事、メシ、寝床。血圧、血糖、肝臓が大事なのは解るし、不安は確かにあるが、「それどころじゃない」というわけです。
◆カラダを蝕むサイレントキラー
医療の世界では、長期間無症状ながら寿命を短くさせ、重大な後遺症を引き起こす病気のことをサイレントキラー(静かなる殺し屋)と呼びます。高血圧、糖尿病、腎臓病、肝臓病、タバコ関連疾患などがそうです。「それどころじゃない」暮しに追い込まれ、健康になるチャンスを奪われた人達に、サイレントキラーは牙を剥きます。50〜60代になると脳卒中、心筋梗塞、糖尿病性壊疽、肺気腫、悪性腫瘍などに悩まされることになる。
日本は世界一の長寿国で、平均寿命が女性87歳、男性80歳に達しています、ところが住む家を失った野宿の人々は、世界各国で寿命の短いことが知られています。英国の報告では約30年短いといわれています。死亡時平均年齢が50代と報告する日本の研究もある。ちなみに、死亡率の高い幼少期を生き延び、晴れて成人となった江戸時代の農民は、平均60歳まで生きたことが判っています。野宿者の人達がいかに過酷な環境で生きているかが伺えます。
◆住まいは健康に良い
ハイリスクな野宿の人達には、今以上に手厚い医療を提供すれば良いのでしょうか?医療相談会で高血圧や糖尿病の治療をすれば解決するでしょうか?答えはNOです。理由の一つは野宿すること自体が健康被害を生み出しているから。心身のストレス、大気汚染、健康的でない食生活、不十分な睡眠は、野宿生活では避けられないのです。もう一つの理由は、先述したように健康問題の優先順位が低いため、医療に繋がる道はあっても、なかなか治療が軌道にのらないからです。いや何も難しく考える必要はありません。安心して眠れる寝床もないのに、健康な暮しが出来るはずがない。そんな常識さえあれば、答えはおのずと見えてきます。
野宿生活を脱し、アパート暮しを始めた人を診療していると、野宿時代とは別人のように元気になります。薬を飲まなくても血圧がガクッと下がる、体力がついて声が大きくなる、歩くのが速くなるなど、本来の「その人」に出会った経験は、数え切れないくらいあります。そして住処を手に入れると、自分のカラダを気遣うようにもなり、ますます医者いらずになれる。
「住まいは権利」がハウジングファーストの理念ですが、医療者としては「住まいは健康に良い」と付け加えたい。今まで苦労しっぱなしだった人こそ、住まいを手にして豊かな人生を送って欲しいと思います。