福元一義、伊奈たかしの実像に迫る
vol. 8 2026-02-25 0
福元一義、伊奈たかしの実像に迫る。伊奈たかしの一人娘かおりさんから、そのお人柄をお聞きしました。
本文中敬称略
アップルBOXクリエートが伊奈たかし(福元一義)のコミックスの復刻を始めたのは、2018年からでした最初に復刻に取り掛かった作品が「轟名探偵」からでした。自分は手塚プロから彼のご連絡先をお聞きし、それから何度お掛けしても電話は繋がらず、度々ご自宅まで足を運び、ご連絡を取りたい旨を書いたお手紙を置いて帰りました。その後、奥様からご連絡をいただき、ご自宅近くの大久保駅の喫茶店で奥様とお会いすることが出来ました。毎日遅くまで働きに出ておられたとお聞きしました。しかし、残念ながらその時には既に彼は他界されておりました。奥様は寂しそうに、そして懐かしそうに生前の彼の話をされました。
奥様はとても物悲しい表情でしたが、彼の話をすることについては、とても嬉しそうで積極的でした。彼は自宅には手塚プロの仕事は一切持ち帰ってこなかったと言われました。それでも、手塚他界後は手塚プロの中で唯一、彼が手塚キャラを代筆で描かれ、(それらは高田馬場近隣のお祭りのポスター、その他のセレモニーのイラストなど)それらの幾つかは、ご自宅に持ち帰られていたようです。没後、手塚プロから来られた社員の方にそれらは全て渡されしまった様子でした。手塚プロで手塚治虫が他界された後も、彼がプロの中心になって残務の処理、生前取り掛かっていた途中の漫画の仕上げ、出版、アニメ版権の管理など業務全般をこなされ、それらの仕事が一通り片付いたところで手塚プロからご退職されたそうです。手塚プロ在籍当時の仕事内容については、奥様はほとんど聞かせされていなかったご様子でした。
世の中では彼のことを、手塚治のマネージャー兼ゴーストライターと呼ぶ声も多かったです。手塚治は二人いると書かれたゴシップ記事もありました。むろん手塚治とそっくりの絵が描けて、気配りの出来る存在は手塚治虫にとってかけがえのない女房役だったに違いありません。彼は手塚を敬愛し、自分の漫画に掛ける情熱、漫画家としての人生を全て手塚のために使うことに喜びを感じていたとお聞きしました。人間だれしも生きがいを見つけられたことは人生の至上の幸せだと思いますが、自分は一読者の目で見た時、彼の漫画家としての独自の世界、作品作りが手塚プロ(旧虫プロ)入社で途絶えてしまったことは残念でなりません。
彼の一人娘のかおりさんは、父からこう聞いていたそうです。「お前が生まれたんで、私は自分の好きに漫画を描くのを止めた。手塚先生のお世話をすることで、家族を支える収入を安定化させる道を選んだんだ」。そう語るかおりさんの眼から涙が溢れていました。かおりさんは「私が生まれたことで、お父さんが自由に漫画が描けなくなったとしたら、私なんか生まれなければ良かった」と喉を詰まらせながら過去を振り返って、語ってくれました。それでもかおりさんの記憶に残っている父の姿はとても西洋風でおしゃれな素敵な父親像でした。休みの日には必ずどこか、旅行や公園、動物園に連れていってもらい、母や自分の誕生日には、いつも忘れずに素敵なプレゼントを買ってきてくれたそうです。ご自宅ではコーヒー豆を挽いて、香りを楽しまれていたそうです。
真剣に漫画を描いている福元一義の表情から、また友人たちと撮影された数少ないオフタイムの写真から彼の優しいそれでいて生真面目な、漫画にひたむきに生きたとても暖かい人間像が感じ取れます。(写真 福元かおり所蔵)
(本文中敬称略)
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