ご支援者の皆様、この度は復刻の趣旨にご賛同いただきありがとうございます。
vol. 7 2026-02-23 0
2月23日新たなご支援者が増えました。復刻の趣旨にご賛同いただきありがとうございます。
コミックスの復刻、コミックス未収作品の単行本化の話(本文中敬称略)
「戦え!オスパー」のもう一人の漫画家久松文雄(~2014年没年)との思い出をお話しします。彼の晩年は西武池袋線富士見台のご自宅と横山まさみち仕事場の往復でしたが、NHK大河ドラマ「黄金の日々」のコミック化を執筆されていた頃、同じ西武線沿線の大泉学園にお住いでした。自分は幼少期から大ファンだった「スーパージェッター」のキャラクターデザイン、コミックス著者であった久松文雄は、大の憧れの漫画家でした。
ここからは余談ですが、私はその頃大学生でしたが、大学間の漫研の枠を超えた漫画同人誌サークルを設立し「ホワイトエコー」という漫画本の発刊を行っていました。その編集メンバーと一緒に彼の元を訪れました。目的は当時サンコミックから刊行された「スーパージェッター」全1巻は、(その頃ではよくある話ですが、)連載漫画の一部分しか収録されていない形で出版されていましたので、「スーパージェッター」の単行本未収録部分の漫画をまとめて出版する作業を我々にやらせてもらえないかとお願いに行ったのです。彼はその申し出を快く承諾して下さり、押し入れから連載時の原稿を引っ張り出してくれました。その原稿には欠落部分が多く、それらは単行本化の段階で切り取られたり、印刷工程でどこかに置き去りになってしまったエピソードページ、コマでした。そこで、欠落部分を埋めるべく、少年サンデー編集部に電話で頼み込んだところ、快く少年サンデーの「スーパージェッター」連載時の欠落部分をコピーさせてもらう許可をいただきました。小学館少年サンデー編集部は資料室にある通巻の少年サンデー保存用資料から、欠落部分のページを長時間掛けて丁寧にコピーを取り、丁寧にお礼して編集部を後にしました。後になって、再び編集部に連絡を取った時、担当編集者から保存用の大切なサンデーをコピーを取る時に本を開いてバラバラにされたと酷く怒られ、以降外部の学生、ファンには一切コピーを取らせない事に決まったと激しく叱られました。何度も謝罪したのですが、許しては貰えず以降、資料室は出禁になりました。そんな壮絶な経過を経て作ったのが、昭和52年12月刊行 久松文雄の世界「スーパージェッター」ホワイトコミックスno3,4です。この二冊には「スーパージェッター」オーロラ帝国編を収録しました。
当時の出版界はコミックスの復刻、単行本の未収録部分を丁寧に出版して行くような流れは無く、ホワイトエコーは未収録出版の草分け的な活動でした。表紙表、裏は先生の描き卸しイラストでno4の裏表紙のかおるさんが晴着を着ているのは、「スーパージェッター」の発刊日が年末だったせいです。彼は当時からご自身のお写真が苦手で、あまりお写真を残されていません。本誌も自画像には似顔絵を掲載されました。
あとがきには「スーパージェッター」はTBSで放映アニメのタイトルが決まった段階で、彼は企画室に呼び出され、時間を仕切られ実質15分程度でジェッター君のキャラを書き挙げたことなど語られています。(本文中 敬称略)
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