「名付けようのない踊り」が出来るまで
vol. 22 2022-01-10 0
プロジェクト期間中最後のご寄稿文アップデートとなりました。
ポルトガルでの撮影から、「名付けようのない踊り」に始めから関わって頂いている、テレビ東京プロデューサー/江川智さんからのご寄稿文です。
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2017年のある春の午後、犬童監督から電話があった。普段監督とのやりとりはLINEやメールがメインで、電話がかかってくることは珍しい。きっとそれはなにか「早く話しておくべき大切なこと」なのだ。電話を取ると、いつもの明るい声で監督が言った。「今度の夏に泯さんがポルトガルで踊るのを観に行くことになったんだけど一緒に行って撮影しない?」これが全ての始まりだった。
私はそれまでWOWOWのドラマ「グーグーだって猫である」シリーズ、「夢を与える」、また当時撮影準備中だった映画「猫は抱くもの」などいくつかの犬童組の映画やドラマでプロデューサーを務めていた。田中泯さんとは「グーグー」で初めてきちんとご一緒し、「夢を与える」、さらに「グーグー2」にも出演して頂いていたし、その公演も何度か観ていただけにその誘いは嬉しかった。この時点ではまだ、将来どんな形で世の中に出すのかは決まっておらず、テレビ番組にするための企画書も書き、パイロット的な位置づけで最小人数のチームと機材で現地に向かった。その旅のことはきっとこの先ずっと忘れることはないだろう。サンタクルスとトレシュベドラシュという素朴で美しい街の佇まい、泯さんの踊りと観客たちの顔。日本での生活を忘れ、ただひたすらに踊りを記録し続けた特別な1週間だった。
その年の暮れになって15分ほどのパイロット版の編集が上がったの見て私は息をのんだ。ポルトガルで撮影をした踊りは計8本。パイロットはその踊りをダイジェスト的に見せるのではなく、分解して再構成した上で1つの踊りとして仕上げていた。仮当てした音楽と相まって大きなうねりを内包したその映像は確かに泯さんの踊りを素材にしながらも「編集によって新しく生まれた踊り」に生まれ変わっていたのだ。監督が言った。「2時間の長編を1つの踊りとして描けば、きっと誰も観たことのない映画になる。それをやりたい」。こうして翌年以降、我々は本格的に撮影を開始し、さまざまな踊り、そして泯さんが1年の3分の1を費やしている農作業の様子を記録していくことになった。
その後、映画全体の方向性を決めた大きな転換点となったのは監督自身がこの映画の「脚本」を作ると決めたタイミングだったように思う。劇映画の場合は言うまでもなく、撮影よりも前に脚本が作られる。ドキュメンタリーにおいても脚本とは呼ばなくとも構成のようなものをあらかじめ用意しておいて、撮影や編集をしながら全体像を整えていくことが多い。だが監督は敢えて今回、明確な構成は用意せずにまず踊りを1つ1つ撮影し、各踊りごとにラフに編集を進めた後に、「脚本を書く」と言い始めたのだ。これは一体どういうことか。私も最初はその意図がうまくつかめずにいた。
犬童監督は常々この映画を「ありきたりなドキュメンタリー(偉人伝や教養的な興味だけを喚起する内容)には絶対にしない」と公言し、定型的なインタビュー撮影をしないということを基本ルールとしていた。だが映画の構成上、泯さん自身の言葉は必要だと考えた。その結果、泯さんがこれまでに発表してきた数々の書籍や記事、対談などを丁寧に読み込み、整理していきながらそれを分解・再構成して脚本化するアプローチを取ったのだ。これは非常に面白い試みだった。かつての泯さん自身の言葉を、今回の映画のために現在の泯さんにモノローグとして語ってもらい、録音する。インタビューともナレーションとも異なる、観る者の内面に強く深く入り込んでくる官能的なモノローグはこの映画の強い魅力のひとつだと思う。
脚本にはさらに大きなアイデアとして、アニメーションパートが組み込まれていた。ドキュメンタリーにアニメーションを組み込むというその発想自体もユニークだが、そのパートナーとして監督がオファーしたのは古くからの友人でもあり、何度も二人で一緒に作品を作ってきたアニメーション作家の山村浩二さんだった。「田中泯に拮抗できる人は山村くん以外に思いつかなかった」と監督は語った。泯さんの子供時代の記憶(「私のこども」)のパートをアニメーションで表現するというのが脚本上の狙いで、映画全体に占める時間的な割合が大きいわけではないのだが、この映画にとって切っても切れない重要な核になっていた。このアイデアとその具体は構成というより脚本という呼び名が確かにふさわしい。
監督が執筆したその脚本、それを道標としながらのポストプロダクション作業が目指した最終地点こそが「田中泯の踊りを観客自身が体感できる1本の映画を完成させる」ことだった。初号試写を見てその特別な映画の成り立ちに立ち会えたことに、私は強い喜びを感じた。監督は最初に宣言したとおり、この映画をそこでしか出会えない1つの踊りにしたのだ。
この映画は「観るたびに受ける印象や感じる感覚が異なる」のだと複数回観た方から感想を頂くことが多い。ほかならぬ泯さん自身も繰り返し観る中で同様に感じられているようだった。それこそが、もしかするとこの映画が観客との間に、個別に「名付けようのない踊り」を作り出していることを示しているかもしれない。是非スクリーンでこの感覚を体感して頂きたいと切に願っている。
また今回のクラウドファンディングでは、この監督が執筆した脚本を収録したパンフレットもリターンに含まれている。映画本編をご覧になった方は是非、併せてそちらもご確認頂ければより一層映画を楽しんで頂けるのではないかと思う。
江川 智 (えがわ あきら)様
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<プロフィール>
「黄色い涙」(2007)にアシスタントプロデューサーとして初めて犬童監督作品に参加。WOWOW「ブカツ道/練習とか面倒だし。」(2010)で初めてプロデューサーとして組んだ後、WOWOW 連続ドラマW「グーグーだって猫である」(2013)、「夢を与える」(2015)、「グーグーだって猫である2 -good good the fortune cat-」(2016)、映画「猫は抱くもの」(2018)などをプロデュース。2020年にテレビ東京に入局。本作のプロデューサーを務めている。