『メゾン・ド・ヒミコ』での田中泯さんとの出会い、そして『名付けようのない踊り』
vol. 4 2021-11-30 0
プロジェクトページ「完成後に製作委員会を組成するという方法で公開を目指す」でもご紹介しておりますが、「名付けようのない踊り」は完成した作品を実際に観ていただき、公開を応援してくださるパートナーを探しました。賛同いただき、実際に製作委員会にご参加下さった方からのご寄稿文をアップデートして参ります。製作委員会とクラウドファンディングは異なりますが、この映画の成り立ちゆえ、応援下さっている皆様と思いは同様です!
今回は、C&I エンタテインメント株式会社 代表取締役/プロデューサー 久保田修 様よりメッセージを頂きました。
久保田プロデューサーと犬童監督の最初の作品は1999年公開、映画「金髪の草原」でした。その後も親交は続き「メゾン・ド・ヒミコ」をプロデュースされます。その際に、田中泯さんへの出演交渉で犬童監督と一緒に山梨まで行かれた際のエピソードをお寄せ頂きました。
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映画『メゾン・ド・ヒミコ』を製作するにあたり、大きな難関がふたつありました。一つはタイトルでもあるゲイのための老人ホームをどこで撮影するのか。そしてもう一つはその老人ホームを作ったヒミコを誰に演じてもらうのか。
老人ホームは制作チームの粘り強いロケハンの結果、静岡の御前崎に理想的な建物が見つかりました。しかし、ヒミコがいません。監督の犬童さんと幾度となく議論しますが、なかなかこれだという人物が出てこない。
渡辺あやさんが書いたシナリオのヒミコは不思議な、しかし強固な存在感の人物です。かつては銀座のゲイグラブの経営者として活躍し、今はゲイのための老人ホームを作り館長となっている。しかし癌に犯され余命幾ばくもない。映画ではヒミコの愛人をオダギリ・ジョーさん、娘を柴咲コウさんが演じています。そんなヒミコを一体誰に演じてもらうべきなのか。
犬童さんも僕もヒミコをいわゆる職業俳優に演じてもらうことになんとなく違和感を感じていました。ヒミコの持つカリスマ性を演技ではなく、その存在で表現して欲しいと思っていたからかも知れません。そんな時、犬童さんから出てきたアイデアが田中泯さんでした。このあたりの詳しい経緯は犬童さん自身がこのプロジェクト内に書かれていますので、是非そちらをお読みいただければと思います。
私が犬童さんから最初に泯さんの名前を聞いた時に思い出したのは、『たそがれ清兵衛』で真田広之さんに切られた後の泯さんの姿でした。切られて後、絶命するまでの間、泯さんは不思議な動きをします。それは消えていく自分の命をまるで味わっているように私には見えました。そして同時に一つの舞のようにも感じました(その時私は泯さんがダンサーだと知りませんでした)。
そのカットだけでも泯さんが稀有な存在感の人物であることは十二分に伝わってきました。しかし、だからと言ってこの時点で、犬童さんのアイデアに諸手を挙げて賛成したわけではありません。まず泯さんがゲイに見えるかが不安でしたし、矛盾していますがきちんと芝居ができる方かどうかも心配でした。ですが、犬童さんの強い意志もあり泯さんに打診することになります。そして泯さんから「監督と会ってから決めたい」と連絡があり、犬童さんと一緒に泯さんが住んでいる山梨の集落に向かうことになります(ちなみに2004年5月26日でした)。このあたりの事も犬童さんが書かれた文章に詳しいので詳細は割愛しますが、グーグルマップも無かったあの当時、地図を頼りに山奥をひたすら進み、この先には道がないという時に現れた泯さんのインパクトは絶大でした。
簡単な挨拶の後、泯さんに招かれお住まいにお邪魔したのですが、個人的にそこで印象的だったのはたくさんのアナログレコードが置かれている中、一番前にピンクフロイドのファーストアルバムが普通に置かれていたことです。ああ、やはりそうなのだなと妙に納得したことを覚えています。
そして無事、『メゾン・ド・ヒミコ』のヒミコとして泯さんに出演していただけることになりました。しかし、僕にはまだ不安がありました。この映画では泯さんに女言葉を喋ってもらわなくてはならない。それが僕の中では今ひとつイメージ出来ないでいました(なんと言っても『たそがれ清兵衛』の泯さんは怖過ぎた!)。
しかし、それも杞憂に終わります。撮影前のリハーサルでの泯さんの台詞回しは想像以上のものでした。あまりに自然に女言葉を使うので、泯さんにどう演じたのか尋ねたところ「自分の母親を思い出して喋ってみた」とのことでした。そう語る泯さんの表情はとても柔らかでした。普段、どちらか言えば厳しい表情の印象のある泯さんですが、たまに見せる優しい表情はとても魅力的です。泯さんのお母様もこんな方だったのかな、などと勝手に想像を膨らませていました。
そしていよいよクランクイン。
北村道子さんの衣装を身につけ現れた泯さんは、美しかった。
映画の冒頭、ヒミコは自分が捨てた娘・サオリと意図せずにホームの中で再会します。最初は娘と気づかなかったヒミコは会話の中でサオリの正体に気づきます。そして「あなた・・・、もしかして・・・」。
この時の柴咲コウさんと泯さんの切り返し(向かい合う二人をカットを割って交互に見せる)は、自分が携わった映画の中でも最も緊張感に満ち、かつ美しい切り返しだと確信しています。
私の田中泯さんとの出会いはこんな具合でした。その後も犬童さんは泯さんの舞台を見続けます。泯さんの舞台を見ると浄化されると犬童さんは言っていますが、それは私にもわかる気がします。泯さんの舞台を見ると心の中の何かが剥がれ落ちていくのです。理性とか感情とかとは別の領域に作用する何かがあるのでしょう。そしてこの『名付けようのない踊り』という映画も同じ作用がある気がします。
もちろん、田中泯という人物、そしてその踊りを知る映画ではあるのですが、山村さんのアニメーションを含めたこの映画そのものが、自分を浄化してくれる。まるで素晴らしい音楽を聞いた時に感じるような、普段届かない心の領域に直接作用して得られるカタルシスがあるのです。
それを味わうにはやはり映画館という場が最適でしょう。大きなスクリーンでこの映像と音と対峙することで味わえるカタルシス!
一人でも多くの方にこの映画が届くことを切に願っています。
C&Iエンタテインメント 久保田 修 様
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久保田プロデューサーによる犬童監督作品
金髪の草原(1999年)/ジョゼと虎と魚たち(2003年)/伝説のワニ ジェイク(2004年)/メゾン・ド・ヒミコ(2005年)/グーグーだって猫である(2008年)/のぼうの城(2012年)他