カフェ潮の路物語【その4】~懐が寂しい時もバランスの良い食事を
vol. 9 2017-05-07 0
ホームレス経験者の健康問題
路上生活を長く続けた人たちは、一見お元気そうに見えても、厳しい生活の無理がたたって健康を損なっている人が多いのですが、顕著なのが血圧。路上生活者支援をしている人の間ではよく知られていますが、血圧の高い路上生活者はとても多いのです。
「俺、どこも悪くないよ」という人の血圧を測ってみると200を超えていて、いつ倒れて死んでしまっても全然おかしくない。むしろ、よくぞ今日まで無事でいてくれたと思うほど。そんな人がざらにいます。
そんな極端な高血圧という健康リスクを抱えた人たちも、アパートに入り、暖かい部屋で過ごすようになるだけで血圧が下がって体調が安定したりする。安心、安全な住まい、それが健康の基本をある程度は支えるのです。
生活保護を利用し、経済基盤を立て直し、医療を受けられるようになることで、最も危険な状況からは脱します。しかし私たちはそこから更に一歩進めたい。食の分野です。
生活保護利用者の食生活
生活保護利用者はもらいすぎだとか、贅沢しているだとか、一部で非難にさらされることが多いですが、本当に彼らはもらいすぎで贅沢しているのでしょうか?
私は生活保護利用者の方々と7年前から関わっていますが、特に男性の食生活はこう言っては身も蓋もないかもしれませんが、お粗末です。
予算が少ないのが理由の一つ、そして自炊が得意でないのがもう一つの理由です。
彼らの話題に一番のぼるのが、安さで有名なハンバーガーチェーン、そして牛丼チェーン。いずれも低価格なファストフード店です。そういう店で食事をする頻度が驚くほどに高い。
限られた予算内で日々の空腹を満たすには、選択肢はそこまで限られてしまうのです。たまに食べるにはいいかもしれませんが、一週間に何度も通う店ではないような気がします。
これは、生活保護利用者に限らず、ワーキングプアでギリギリの生活を強いられている人にも共通する食生活かもしれません。空腹を満たすためだけの食事。
食べるものが人の身体を作る
私は食いしん坊です。美味しいもの、新鮮なもの、旬の食べ物が大好き。
何に「幸せ」を感じるかは、人によって異なると思いますが、「食」は一番手軽に、そして頻繁に幸福を感じられる瞬間だと私は思っています。
生きていると腹の立つことや怒りに震えること、絶望することもあります。いろんなことがあっても、美味しいものはその時人を幸せにします。空腹が満たされれば活力が湧く。歩を進める力に少しでもなればと願うのです。
そして、その時に身体に満たすものは、できることなら良い食であって欲しい。食べたものがその人の身体を作っていくのですから。
パパの料理に支えられた7年間
私が少し前まで7年間勤めていたNPOでは、私たちが「パパ」と呼ぶ70代の男性が私たちの昼ご飯を作ってくれていました。
他者の相談ごとにはのっているのに、自分たちは忙しすぎて健康管理もできていない私たちスタッフのために、野菜をふんだんに使ったメニューを3台のちゃぶ台に所狭しと並べてくれました。お味噌汁の出汁は乾燥させたキノコから取っていましたし、抗酸化作用が高い野菜ばかりが何種類も並んでいました。
テレビで体にいいと紹介された食材はすぐに採用し、ホウレンソウや春菊やブロッコリーなどの野菜は栄養が逃げないよう、ゆで時間や調理の仕方を工夫していました。
その愛情と気遣いたっぷりのお昼ご飯を、私は7年食べて毎日の活力にしてきたのです。
今の私の丈夫な身体の何分の一かは、実にパパご飯でできているのです。
作って嬉しい、食べてもらって嬉しい、食べたあとの顔を見て嬉しい。
私は食いしん坊ですし、料理は昔から好きです。とはいえ、私は調理においては素人。
それでも、ファストフード店の食事ばかり食べている人たちに、そうでない料理も食べてもらいたいと願うようになりました。ものすごくお節介なのは分かっているのですが…。
農家が手間暇かけて育てた自慢の野菜や食材を、丁寧に調理して食べてもらいたい。食べている時だけでも嫌なことを忘れてしまうような、そんな料理を作れるようになりたい。そして、その食材が食べた人のその後の身体を健やかに保ってくれるような、そんなご飯を作って食べてもらいたいのです。
最近、コーヒー焙煎メンバー達にお昼ご飯を作ったときに、大量の野菜が全部平らげられていることにホッとしました。野菜が嫌いでハンバーガーばかり食べていたわけではないと分かったからです。「あのスープは何のスープですか?」「かぶですか!かぶから作ったんですか?」「最初から自分で作ったんですか?」という好奇心たっぷりの質問や、「あの浅漬けねぇ、美味そうで食いたかったけど、歯がないから食えなかった」という残念なコメントもあり、「もう食えない」とお腹をさすっているメンバーらを見るのは私にとっても楽しいひと時です。
誰もが集まれる場所に
4月18日に開店し、毎週火曜日と木曜日に営業しているカフェでは、ワンコインで食べられる日替わりランチ、手間暇かけて作る本格カレーや、パスタ、小腹満たしに最適なチーズトーストなどをお出ししています。コーヒーは東ティモールの生豆をベースにした自家焙煎ものを200円で提供。
また、懐が寂しい人には「お福わけ券」を使えば無料で飲食をしていただけます。「お福わけ券」はカフェに来たお客様が「次に来る誰か」のために飲食代を先払いする仕組みです。現在、お福分け券は700円のものが60枚以上、200円券が30枚以上もありますので、どうぞ気軽にお使いください。お福分け券を利用したい人に理由を問うことは一切ありません。
困っている人がいたら「お互い様」とさりげなく支え合えるような社会、人知れず飢える人がいない社会を、小さなカフェ潮の路から実現します。 経済格差も食の格差も著しく、個人主義がますます助長されているかのように見える現代ですが、開店から2週間ほどでたくさんの方が買ってくださった「お福わけ券」に希望を見出しています。
調理素人の私も一生懸命精進して、いつ行っても美味しい!と言われるような食事を作れるようになりたい。そして、その食事を目当てにいろんな人が集まり混ざる。混ざることによってお互いの差異に慣れ、差異を受け入れる、そんな場が作れたら本望です。
カフェ潮の路開設を応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。どうぞ、遊びに来てください。(小林美穂子)