「【なぜ“津島”なのか】⑰ 「避難しない」と言い張った老父
vol. 22 2023-05-22 0
武藤晴男さんの父親、次男さんは、津島出身で中国に出征し、帰国後、帰郷し農業を始めた。しかし長男の晴男さんが生まれる前後、2度火事に見舞われ、全財産を失った。そんな武藤家を助けたのは集落の周囲の住民たちだった。「恩返しをしたい」が次男さんの口癖だった。
しかし、原発事故による強制避難が全てを奪った。次男さんは頑として「避難しない」と言い張った。しかし独り残れば、周囲に迷惑をかける。晴男さんは母親、順子さんらと次男さんに「1週間もすれば、すぐに戻れるから。一時的に避難するだけだから我慢してくれ」と嘘をついて避難させた。
避難生活は80歳を過ぎた老人には過酷だった。環境が急変し、急速に衰えていった。「恩返しをする」つもりだった自分が、避難所で、他人前でおしめを替え、下の世話までされることに父は耐えがたい屈辱を覚え、辛かったにちがいない。「冷たい体育館の床に拳を当てて、唇を噛み、無言で座っていました」(原告意見陳述集)と晴男さんは当時を振り返っている。