制作日誌♯4:『ノーマル・ハート』は現実そのもの
vol. 5 2019-01-18 0
北丸雄二さんが、奇遇にも『ノーマル・ハート』の戯曲を翻訳している――
そう知って、ほぼ20年ぶりくらいにメールをお送りしたのに、光のような素早さで、返信と同時に、原稿を添付して送ってくださいました。この即決即断の行動力が、北丸さんのジャーナリスト魂と言えましょう。
さっそく『ノーマル・ハート』の戯曲を読んで、まっさきに思い浮かべたのは、(個人的なことですみません…)広島育ちのわたしが子供のころに図書室で読んでいた、二次大戦や原爆を描いた児童文学でした。
『二つの国の物語』『かわいそうなぞう』『碑<広島二中一年生全滅の記録>』――――
『エンジェルス・イン・アメリカ』、『ベント』、『真夜中のパーティ』――ゲイ文学、名作の戯曲は多くあれど、これほどまっすぐに、戦後の児童文学を思い出した戯曲はありませんでした。なんのてらいも技巧もない、親の死体に取りすがって泣く子供のような、あるいは、目の前で苦しみながら死んでいく子供を、どうしようもしてあげられなかった親のような――
アメリカのゲイ差別は、映画『ブロークバック・マウンテン』や『トーチソング・トリロジー』でも抽象的に描かれていますが、常軌を逸していました。
ゲイとばれれば蔑まれリンチされて当然、誰も同情しない、どころか殺されても声すら上げる権利もない。ここでは詳細を描くのは差し控えますが、残虐極まるものも多く――いまでも、何一つ変わらない国もあるでしょう。そのあまりにひどい弾圧の反動で起こったのが、1969年の、ストーン・ウォール事件です。
以降、ゲイたちは自分たちの存在を、日常で、芸術で、静かに、しかし狂おしく主張し始めます。花開くゲイカルチャーと同時に、喧噪のゲイたちの華やかな恋愛模様が繰り広げられてゆく。そのなかでエイズが蔓延するのは、時間の問題でした。
やはり、映像のわかりやすさもありますし、映画も日本へ持ってこられたらと考えた私は、2015年、HBOにDVD購入の交渉を始めます。しかし、これがなかなか一筋縄ではいきませんでした。
何度かやりとりしたのちに、先方から返ってきたメールには、
「~前略~we don’t have any plans to pursue a DVD release of this film. As you mention, getting distribution is extremely difficult, and based on our analysis, the costs would outweigh the opportunities.」
【意訳】「この映画を(日本では※)DVDで発売するつもりはありません。というのも、あなたも仰るように、利益をだすのが極めてむずかしいと、私たちの分析でもでている。」※国によっては、DVD化しています。
とありました。
日本での『ノーマル・ハート』自体の認知度の低さ、かつてと違って、ゲイ小説などを含むゲイカルチャー全般が、今の(2015年当時の)日本では不振であるといった懸念材料は、私のほうも想定していましたが、アメリカ側から見ても同様だったようです。
そこで周囲に相談したところ、HBOへの説得材料として、アンケートを取ってみたらどうかとご助言くださったのは、ほかならぬ、ジンさん――咎井淳の『FATHER FIGURE』(リブレ出版)、『謎めいた肌』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の翻訳家としてもお馴染みの、米国在住の作家、仔犬養ジンさんです。