美術家/音楽家の梅原徹さんからトライアルレポートが届きました!
vol. 19 2021-05-15 0
「劇場をつくるラボ」というプロジェクト名を聞いた瞬間、名前の軽やかさとそれに相反するような構想の大きさに驚きと興奮を覚えました。同時に「劇場なんて簡単に作れるものではない」という先入観が自分の中にあったことに気づき、その不自由さを痛感したことをよく覚えています。空間と音のフィールドワークを行なっている私にとって、視聴環境を設計し、それをモニタリングしながら複数の場所で実践を行えるプロジェクトはまさに取り組みたい内容そのものでした。
プロジェクトがスタートを切ると、まずは劇場のみならず、映画館、美術館のような文化芸術にふれる場所について自らの体験を思い返すことから始まりました。なぜならそのような場所はこの1年と少しの間で私自身にとっても身近なものではなくなっていたからです。もしかしたらこれまでもオンラインで事足りていたのかもしれないという考えが頭をよぎったこともあります。作品や空間と対峙する時間の豊さを忘れかけていた一つの要因として、今では生活のメインコンテンツともなった「配信」というフォーマットでの作品鑑賞が、ソファーで横になりながらでも実現してしまうことにあったのではと思いました。鑑賞には作品それぞれに求められる身体の構えがあり、空間はそれを手助けするものでもあったのかもしれません。
従来の劇場には”ステージと客席”といった明確な関係があります。空間が身体を抑制することで可能にする体験の数々、アクティングエリア/音響照明機材/客席/ホワイエなど、作品への没入感を演出するための仕掛けが散りばめられた空間が演出の手助けをしてくれていることを改めて実感しました。同時に公共のための劇場は初めて訪れた人にも鑑賞体験が必ず成立させようとするピュアな空間であるとも考えられます。
しかし「劇場をつくるラボ」が作る劇場は配信に特化した移動式の仮設劇場であり、既存の劇場空間との違いは明確でした。さらに、実践が福祉の現場を中心に展開していくことの意味を考えれば、「障害を持っており劇場という空間に足を運ぶことが困難だった人たちにどのような鑑賞体験を届けられるか」というプロジェクトの前提に答える必要があります。すでに作られた環境とコミュニティに劇場というものをどれだけ溶け込ませることができるか、また、ある種ノマド的に訪れるサーカスのような非日常性をどのように演出するか。気を抜くと少し贅沢なホームシアターになりかねません。”劇場”という言葉と空間の持つ多彩な表情を意識しながら、一方で日常にも馴染む環境づくりに臨みました。
今回私は音響プランニングを軸にクリエーションを進めていきましたが、視聴環境にある程度の制約をもたらすことは、配信フォーマットの可能性としてより考えていくべきだと思いました。「インターネットにアクセスできればいつでも見れる」という従来のプラットフォームの前提とはまた違う、鑑賞に至るまでの準備を視聴者とともに考える、まさに画面の前の空間をどう作るかというプロジェクトの核心部分です。
トライアルでは機材にもバリエーションを持たせながら配信作品によってそれらの環境を使い分けています。吹き抜け空間の床に大きくプロジェクションしながら2階に設置したスピーカーからの音が空間全体に響き渡る場所や、Bluetooth対応のクッションスピーカーを使って複数の人とくつろぎながら鑑賞できる場所など、作品内のセリフや音楽をどのように響かせるのか(スクリーンの見えないところでもBGMとして楽しみたい、作品をきちんとみながら他の人ともコミュニケーションを取れるようにしたいなど)、作品個々の特徴をあらかじめ把握した上で上演箇所と音響空間をデザインしていきました。
また一方ではレース生地のような柔らかな素材で空間を仕切る個人ブースのようなものも作り、一人で作品に没頭できる場所も用意しました。ヘッドフォンひとつでも人は没頭することはできます。しかし、ここは一人で過ごせる場所なんですよ、と示すことが、機材のあり方を後押ししてくれるかもしれないと思いました。
また、印象に残っている自作の丸太型スピーカーは”設置”というよりも”スクリーンの前に転がしておいておく”といった忍ばせ方をすることで、より親しみのある道具になる可能性を秘めていると思います。一般的に視聴覚機材に対して人はパッシブにふるまうので「より積極的に機材にアプローチできる(使い方を試行錯誤できる)状況があっても良いのでは」という課題も見えてきました。
トライアル全体を通して、音を誰に届けるべきなのか考えることが空間のデザインに直結するということ、耳は自ら「聞かない」という選択肢を取れないように、時には他者のパーソナルスペースを用意に侵害してしまう難しさがあることを改めて強く感じました。劇場を開かれたものにするということは有効な音響空間に最も気を払わなければいけない、そのデザインを行なっていく中で適切な機材や適切な配置計画を探っていくとともに、「ボールプールの中にスピーカーがあったらどうだろうか」「まずはワイヤレススピーカーを100個同時に接続して自由に動かしてみてもらうのはどうか」など、次なる新たな劇場に向けアイデアを構想中です。
梅原徹
1996年神奈川県生まれ。美術家/音楽家。都市・環境のリサーチやフィールドワークを通し、音と空間のコンポジションを行う。建築都市論や音響社会学、ノーテーション技法としての音などに関心を持ち、ときには演劇や映像などとのクロスジャンル的な制作も展開している。ドイツ/デュッセルドルフでの在住経験を経て、2018年横浜国立大学理工学部卒業。2020年東京藝術大学大学院美術研究科修了。主な活動として「BankART AIR 2015」(BankART StudioNYK, 横浜, 2015)や「PARADISE AIR Matsudo QOL award」(PARADISE AIR, 松戸, 2020)での滞在制作、伊勢市クリエイターズワーケーションへの参加など、近年ではレジデンスを通し、空間と音の作品制作を展開している
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©︎Kureha Taniguchi