ドキュメンタリー映画
『それでも、種を採る人』

「而二不二（ににふに）」という仏教由来の言葉を知った。

詳細な意味は専門家の言に譲るとして、「裏と表は二分されているようだが、結局同じ一つの紙に過ぎない。」というのが、ざっとした意味だという。光/暗、善/悪、右/左、虚/実…それら安直な二項対立の群れも結局同根だ、と云うことである。

自分はこういう「我が意を得たり」的言葉に会うと、早急に屋号に据ねばならないような気がしてくる。早速色々調べてみると同名の映画や雑誌などがあり断念し、自分の預かり知らぬものがまだたくさんあることと、それを先に知って使っている人々の多さに恥入るのみであるのだが、このように清濁併せ吞むような言葉、たとえば「混沌」であるとか「渾然一体」であるとか、そういう言葉がなぜか好きだ。英語にも二項対立自体を否定するような「neither nor（ニーザーノアー）」という慣用句があり、これも真剣に屋号として検討したが何らかの何番煎じになってしまいそうで断念はしつつ、やはりこの種の大仰な言葉が私のような捻くれ者にとっては好物なのだろう。

なぜこのような出だしから文を書き出したかと言えば、件の種の映画のことを考えているからである。クラウド・ファウンディング終了まで今日を入れてあと2日というのに悠長なこと言ってやがると呆れられもするだろう。だが必ずしも無縁な事を述べたわけでもない。

CFの概要文などにも書いてきたが、自分のスタンスは賛成/反対という二項のいずれかに振れてはいない。いや、現時点で振れることができない。ひょっとするとその事にやや疑念なり不満がある向きもあるかもしれない。自分にも感情があり、なんらかの思考の蓄積がある。だがいずれかに振れようとする時、漫才の相方による完璧なツッコミのように、これまで取材してきたものが脳裏に蘇る。福井の原発群の漁村に建てられた立派な鉄筋の家と、貧困がベースにあるからこそ近年まで残っていた風習との落差。神社の石に彫られた東京電力の文字。ヒエ・アワをのみ食していた村がダムに沈み、ダムの工事に従事する事によって初めて米が食べれるようになったと話す元村人の声、311から間もない石巻や女川の光景と、放射能すら「荒ぶる神」だとして扱おうとする人々の姿…。結局それらは何かの思念として、まとめるにはあまりにも途方もない。僕にはそう思える。少なくとも自分には無理だ。だから「而二不二」などという込み入った言葉を持ち出そうとする。

自分は汚いものや惨すぎるものが極端に苦手だ。
妻が魚を捌いている光景すらまともに見ることができないで呆れられる。
スプラッターものの映画や、ホラーなどもまともに見ることができない。

おそらく社会や人間の営為全般も、出来るだけ良いように、きれいなように見ようとしているに違いない。「悪」というものの存在を、認められない。だが、ファインダーを覗いている時はなぜか平気だ。鹿の解体も、妻の出産も、津波に押し流された町の姿も、カメラを持つとそのままそれを見ることができた。「見る」とは本来魂ぶりであった…とかそんなことはもはやどうでもいい。

きっとこれまでのように、なにかの「まとめ」を提示することはできぬだろう。上記のような事情に元来の多動傾向まで持ち合わせているのだから尚更である。「清濁併せ吞む」というのもなんらかの「まとめ」である筈だが、自分は「清濁併せ吞めぬ」という事を結局報告することになるのだと思う。

自分は坊さんでも思想家でも哲学者でも、そしてジャーナリストでもないので、ただ何かにぶつかっては砕けるという体験をし続けるだけの生なのであろう。