アンドロイド演劇の長編映画「さようなら」をクラウドファンディングで実現!

長編映画「さようなら」製作プロジェクト!平田オリザ×石黒浩研究室によるアンドロイド演劇を映画化!

  • k.fukada
  • 映画
  • 東京都
Sayonara photo b
  • コレクター
    52人
  • 合計金額
    979,000円
  • 残り
    0日

目標金額は800,000円です。

FUNDED

このプロジェクトは、2013年2月1日00:00に終了しました。

このプロジェクトについて

人間とロボットの境界とは、 人間にとって、ロボットにとって、"生"とは、そして"死"とは・・・。
80年代終わりに劇団青年団を旗上げし、革新的な「現代口語演劇理論」を掲げ、その後の演劇シーンを刷新した平田オリザ。その天才が21世紀に辿り着いた記念碑的作品『さようなら』。世界で初めてアンドロイドと人間が共演し、国内外に衝撃を与えたこの傑作が長編映画として、また新たな冒険を開始します

人間とロボットの境界とは、 人間にとって、ロボットにとって、"生"とは、そして"死"とは・・・。

 80年代終わりに劇団青年団を旗上げし、革新的な「現代口語演劇理論」を掲げ、その後の演劇シーンを刷新した平田オリザ。その天才が21世紀に辿り着いた記念碑的作品『さようなら』。世界で初めてアンドロイドと人間が共演し、国内外に衝撃を与えたこの傑作が長編映画として、また新たな冒険を開始します
 監督・脚本は青年団に所属する唯一の映画監督として活動する深田晃司。青年団の俳優たちとともに映画製作を続け、都市に生きる現代人の孤独を素描した2008年の『東京人間喜劇』はローマやパリの国際映画祭で高い評価を受け、2010年には『歓待』で第23回東京国際映画日本映画「ある視点」部門作品賞を、韓国プチョン国際ファンタスティック映画祭で最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)を受賞しました。  映画の中心に位置するアンドロイドを演じるのは石黒浩研究室が2010年に開発したアンドロイド「ジェミノイドF」で、その周縁に生きる人々を劇団青年団生え抜きの俳優たちが演じます。

原作・アンドロイド演劇「さようなら」について

 平田オリザとロボット研究の第一人者である石黒浩氏( 大阪大学大学院教授・ATR石黒浩特別研究室室長 )が、大阪大学にて2007年から共同で進めているロボット演劇プロジェクトの最新作。人間俳優とロボットが世界で初めて共演し、芸術と科学が交差する画期的なコラボレーション作品です。2010年、世界に先駆け「あいちトリエンナーレ」で初演され、その後フェスティバル/トーキョーへ。続いて2011年、大阪で開催された国際演劇学会で世界の専門家に向けて上演。オーストリア・リンツ市のアルス・エレクトロニカ・フェスティバルでもヨーロッパ初公演を飾りました。京都国際舞台芸術祭KYOTO EXPERIMENTのハイライトとして、また、パリ・ジュヌヴィリエ国立演劇センターでも上演され、現在も各国より上演依頼が殺到している、まさに21世紀初頭に生まれた歴史的記念碑的演劇であると言えます。
 約20分の短編作品の中で、死を目前にした少女にアンドロイドが谷川俊太郎、ランボー、若山牧水などの詩を淡々と読み続けるその静謐な時間は、「人間にとって、ロボットにとって、『生』とは、そして『死』とは…」、鋭く問いかけていきます。
 今回の映画版では、物語世界を大幅に膨らまし、映画にしかできない時間表現・空間表現を駆使して、「さようなら」の描く死と生の世界を再構築していきます。
 作品の長さは90分、デジタル撮影の予定。

監督ステートメント

 アンドロイド演劇「さようなら」の魅力は一言では説明し難い。アンドロイドと俳優が平然と同一舞台上で共演してみせる「世界初の展示」としての面白さ、そのアンドロイドが、およそ私たちが「ロボット」からイメージする観念とは真逆の、「詩」という極めて人間的な精神性の上に築かれてきた芸術を朗読するシンプルで力強い対比。もちろん、ただもの珍しい展示品ではない、俳優として的確に演出されたアンドロイドの豊かな仕草、表情はただそれだけで見ていて楽しい。
 しかし、「演劇」という無限の風呂敷の中で多彩な光を放つこの作品において、私が何よりひきつけられたのは、舞台を越えて客席にまで侵食してくる濃密な闇のような死の匂いである。
 嘘か真か、人間と動物を分けるのは「死」を認識できるかどうかにあると言う。
 では、アンドロイドは? 死に向かう女性を前に涼しげな顔で座りつづけるアンドロイドは、まるで自分の子供が死んでいくのを何が起きたのか理解できずにただ見つめいてる親猫のようだ。その表情に、私は近代の人間の悲劇を思わずにはいられない。
 いつの頃か、はるか昔に進化の過程で「死」を理解したときから、人類はその巨大な虚無と戦い続ける業を背負うことになった。死ねば無になる、その揺るぎないインパクトから心を守るため、人類の防衛本能が生み出した最大の創造物が神であり宗教であるとすれば、近現代は神が力を失っていく過程である。それまで、神学の一分野に過ぎなかった哲学や科学が、宗教を離れ、世界を隅々まで解析し始めたのだ。特に科学の領域において、それは目覚ましい成果を挙げた。
 しかし、進化の道筋でうっかりと「死」を知っちゃった人類にとって、問題は死ぬことそれ自体ではなく、死の観念がもたらす恐怖や混乱とどう付き合いながら生を営むかにある。
 科学がどれだけ合理的知性のもと世界の仕組みを解明したとしても、死に至るプロセスを説明し、ときにその時間を少しだけ延長しても、死の先の世界を私たちに描いて見せることはできないだろう。宗教がその世界観に死後の世界を内包することで果たしてきたような、死のインパクトから人の心を守る手助けになりはしないのだ。
 だからこそ、死にゆく女性を見つめるアンドロイドの眼差しは、それ自体が現代の悲劇を体現しているかのような悲しみを宿すのだ。
 私たちは死ぬ。病気でも事故でも災害でも。死は突然、どうしたって訪れる。
 芸術は何千年の間、死という不可解な出来事を前に必死にもがいてきた。その芸術家の爪跡を通じて、人は体験不可能な死に生きながら触れ、少しずつ個人の世界観に死というものを受容してきたのだろう。
 と、長々と駄文をしたためてきましたが、映画「さようなら」はそんなことをぼんやり考えながら、アンドロイドと死にゆく人間の対比を軸に、「死」というモチーフをごろんとスクリーンに投げ出してみたいと思っています。
 個人的なことでアレですが、私自身は信仰を持っていません。天国も地獄も信じることはできません。そんな私にとって、映画を見ること作ることは、いずれくる死の予行演習であるのかも知れません。
 これを見たお客さんがいつの日か死と向き合うときに、ふっとこの作品を思い出して、その瞬間だけでも死の見え方が少しだけ豊か?になるような、そんな作品になれば幸いです。いや、ほんとに。それは、めちゃくちゃ公共生の高い芸術の務めなのではないか、と結構本気で思ったりもしています。

 最後に、この映画はたまたま近未来を舞台にしていますが、SFではありません。優れたSF作家はときに未来世界の預言者となりますが、ここで描かれるカタストロフは今の日本に生きていれば、誰にでも想像できる程度の話だからです。

 (脚本・監督 深田晃司)

「舞台「さようなら」
(c) Aichi Triennale 2010 / Tatsuo Nambu

ものがたり

【主要登場人物】
ターニャ(26):病弱で一人暮らし。在日外国人 
ジェミノイドF:ターニャの相手役として買われたアンドロイド
聡史(26):ターニャの恋人
ほか

 2037年。西日本のある海沿いの町でのこと。夏の夜、小さな姪の誕生日会に参加していたターニャは、その病弱な体を休めようと、テラスに涼みに出ていた。誕生日会には、ターニャの親族や友人たちが集まっている。
 そのテラスで、ターニャは海を見ていた。ターニャの両親は既に交通事故で死んでいる。日本で生まれたターニャは故郷ロシアを知らない。ぼんやりと、海の稜線を見つけようとじっと夜の闇を見つめるターニャの目に、ひとつの小さな炎が飛び込んでくる。
 海岸沿いで、何か火事が起きたようだ。遠くからサイレンの音が聞こえる。リビングでは友人たちが酒に酔って踊っている。その声はターニャの病んだ体を綿のように包んでいく。彼女の恋人である聡史が窓から声を掛けてくる。ターニャは部屋へと戻っていく。
 その晩を境に、世界は一変した。
 日本に稼働する54機の原子力発電施設のうち33機が、同時多発テロによって一晩のうちに爆破され、放射能が大量に流失した。日本の国土のおよそ8割が深刻な放射能汚染に晒されることになる。
 これほど大規模なテロが起きたにも関わらず、どの組織からも犯行声明は上がらず、実行犯のほとんどがそのまま格納容器に身を投げたため、その遺体の回収すら覚束ない。不気味なほどの沈黙が人々の間に不信を呼んだ。過激派の犯行説や新興宗教の集団自殺、某国のテロなど、様々な情報が真偽定からぬまま飛び交った。
 その日からの混乱は凄まじかった。1億人の人間が一斉に放射能の少しでも薄い地域へと遁走を始めた。交通機関は麻痺し、徒歩で逃げる人々が相次いだ。本土はもうどこも汚染されていたので、皆は沖縄か海外を目指したが、諸外国は放射能に汚染された日本人の受け入れには慎重な態度を示した。テロから2ヶ月後、ついに政府は「棄国」宣言をし、各国と連携して計画的避難体制が敷かれることになった。
 つまり、国民に優先順位をつけて、順番に避難を進めていくことになったのだ。
 半年後。
 ターニャは眠っていた。がらんとした部屋に、ターニャの寝息が静かに染みて、一日一日がゆっくりと過ぎていく。窓から滲む冬の日差しが家を浸食し、やがて夜になり、また朝になる。ターニャはただその光の変化を見つめながら生きている。
 ターニャの傍には、彼女の友人であるジェミノイドFが座っている。生前の両親が、病弱で学校にも満足に通えなかった幼いターニャのために買い与えたものだ。ジェミノイドFはターニャの話し相手になり相談にも乗り、様々な物語や詩を読んで聞かせた。
 町にはもうほとんど人は残っていない。
 まず子供がいなくなり、その後大人たちは、国民番号から「ランダム」に選ばれた人間から順番に避難することになった。しかし、在日外国人であるターニャの避難順位は下位に設定され、その抽選にあたることもない。それに、病弱のターニャは、どうせ逃げられないのだ。
 ターニャの家を恋人の聡史や友人たち、郵便配達のオジサンが訪ねてくる。皆、マスクをしている。ときどき、彼らと散歩をしたりもする。もともと遠くに行くことはかなわなかった、遠くない死に向かうターニャは、今の静かな時間に意外と満足していた。
 その友人たちもまたひとりひとりと、避難の順番が来て姿を消していく。ターニャの恋人も、ある朝、彼女に別れを告げにくる。「また迎えにくるよ」と彼は言うが、彼も彼女もその言葉を信じてはいない。
 避難の権利を放棄し、何人かの老人が村に残ることになる。近所の老人がときどき訪ねてきては、もはや歩くことも困難になったターニャを車椅子で散歩に連れ出してくれる。犯罪歴のある者たちもまた避難順位が下位のため、彼らは街を徘徊している。
 少しずつ人間が姿を消していく街で、やがてターニャを訪れるものもいなくなる。ターニャはジェミノイドFと狭い部屋にふたり残される。ターニャはもう動くことさえできない。死にゆくターニャに、ジェミノイドFはゆっくりと、人類の遺産である詩を読み続ける。

プロフィール

原作 平田オリザ Oriza Hirata
 1962年東京生まれ。劇作家・演出家・こまばアゴラ劇場芸術監督・劇団「青年団」主宰。大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授。四国学院大学客員教授・学長特別補佐。
 1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。2002年『芸術立国論』(集英社新書)で、AICT演劇評論家賞受賞。2003年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業)で、第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2006年モンブラン国際文化賞受賞。2011年フランス国文化省よりレジオンドヌール勲章シュヴァリエ受勲。その戯曲はフランスを中心に世界各国語に翻訳・出版されている。
 2002年度以降中学校の国語教科書で、2011年以降は小学校の国語教科書にも平田のワークショップの方法論に基づいた教材が採用され、多くの子どもたちが教室で演劇を創作する体験を行っている。2009年鳩山内閣にて内閣官房参与に就任し、所信表明演説の執筆などに関わる(2011年9月退任)。

テクニカルアドバイザー 石黒 浩 Hiroshi Ishiguro
 1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授・ATR石黒浩特別研究室室長(ATRフェロー)。工学博士。社会で活動できる知的システムを持ったロボットの実現を目指し、これまでにヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドFなど多数のロボットを開発。
 2011年大阪文化賞(大阪府・大阪市)受賞、2012年志田林三郎賞(総務省)受賞。 「世界が尊敬する日本人100人」(ニューズウィーク日本版/2009年)に選出など、最先端のロボット研究者として世界的に注目されている。

脚本・監督 深田晃司 Koji Fukada
 1980年東京生まれ。映画美学校3期フィクション科修了後、02年から04年までに長短編3本の自主映画を監督。06年、東映アニメーションより『ざくろ屋敷 バルザック「人間喜劇」より』を発表、パリKINOTAYO映画祭にて新人賞受賞。09年、長編映画『東京人間喜劇』を発表。同作はローマ国際映画祭、パリシネマ国際映画祭に選出、シネドライヴ2010大賞を受賞。最新作『歓待』で第23回東京国際映画祭日本映画「ある視点」部門作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞、TAMA映画祭最優秀新進監督賞を受賞。05年より劇団青年団演出部に所属、以後現代口語演劇を横目に映画制作を継続している。
 11年には、こまばアゴラ劇場で初の映画祭を青年団俳優とともに企画開催した。

 現在 最新作は、『歓待』に続き杉野希妃とタッグを組んだ『ほとりの朔子』(二階堂ふみ・鶴田真由・太賀・古舘寛治出演)。脚本・監督を担当。2013年春以降公開予定。

出演

ブライアリー・ロング BRYERLY LONG

 1988年生まれ。アメリカ・ワシントンD.C.出身。
 ジュネーブ・ダンス・センター(スイス)や、マース・カニングハム・ダンス・プログラム(米・ニューヨーク)でダンサーとして訓練を受けた後、2006年にオックスフォード大学(イギリス)の日本語学部に入学、振付家・演出家としての活動を始める。2009年2月に大学内のオーライリー劇場にて行われた新作劇のフェスティバルでは最優秀賞を受賞、同年5月には英国王立音楽大学、ロンドン・コンテンポラリーダンススクールの学生との共同制作による作品を発表するなどジャンルの枠を越えた活動を展開。2010年7月に大学を首席で卒業後、俳優として青年団に入団。原作となるアンドロイド演劇『さようなら』でも、同役を演じている。
 ほか出演作に青年団若手公演『バルカン動物園』、青年団第64回公演『ソウル市民1939恋愛二重奏』、城山羊の会『スキラギノエリの小さな事件』、など。また、映画では深田晃司監督の前作『歓待』に謎の女アナベル役で出演している。

 他のキャストについては、決定次第随時発表します。

クラウドファンディングについて思うこと、やりたいこと、つれづれ

 映画『さようなら』はひとつの小さな実験場だと考えています。
 一体どうしたら、必ずしも商業的には歓迎されない作品条件を貫きながら、オルタナティブなやり方で資金を集め、製作し、なおかつ多様な観客に開かれた形で公開し上映を「成功」させるなんてことができるのだろう。最近そんなことをよく考えます。
 映画製作は、絵画や小説といった他の芸術分野と比べても、作るのに一桁二桁大きい資金が必要になる、製作リスクが大きい表現です。しかも、家電や車のように均一な品質を保てる訳ではなく、完成するまでその内容を保証できない、やっかいな「製品」でもあります。だから、ベストセラーの小説や漫画を原作にしたり、みんながよく知っている俳優をキャスティングすることで、製作リスクを少しでも抑えようとするのです。出資者を分散することでリスクを散らす「製作委員会」方式もそうです。必ずしもそれで映画がつまらなくなるわけではありませんが、「有名原作」で「有名俳優」で「製作委員会」で、蓋を開けてみれば、一体、そもそも誰のモチベーションで誰のためにこの映画が作られたのか、さっぱり分からなくなるような、迷走した作品というのはよく見かけます。単純な話、船頭が多くなればなるほど、船は右往左往し、山に登ったりするのでしょう(船が山に登る傑作もかつてドイツにありましたが)。

 経済の原理に委ねていると、当然ながらどうしても誰もが共感しやすい無難な題材・表現が求められ易くなります。しかし一方で、福田恆存の言葉を借りれば「100匹の羊の中の失せたる一匹」に寄り添うように、マイノリティの価値観に寄り添った表現というものも存在します。資本原理の中でまっさきに排除されるのは、こうしたマイノリティへ向けられた、あるいはマイノリティから発信された表現です。
 多数決という名の権力で小さき声を排除してきた「古い民主主義」下においてはともかく、多様な価値観が同化するのではなく、お互いの差異を理解しながら共存することが求められるのが現代社会です。だから、諸外国では、様々な助成制度を充実させることで、必ずしも商業ベースに乗ることのできない作品を下支えし、資本主義社会の中に多様な価値観を維持しようと努力しています。残念ながら、日本の映画業界ではそういった助成制度は十分に機能していないようです。私が、昨今のクラウドファンディングの流れに興味を惹かれたのは、多様な価値観を維持するために文化を支援するという本来公共的な資金をもって行政がやるべき仕事、あるべき理想を、未来に先立って実現してしまおうという、ラディカルな政治闘争にそれが思えたからです。
 クラウドファンディングで資金が集まることで何が可能になるのでしょうか。例えば、日本においては映画の企画開発、脚本をより充実させるために取材をしたり企画を練り上げたりする作業にはきわめて助成が下りにくいので、そこを支える一助にはならないだろうか。あるいは、複数の個人・組織が出資をする製作委員会方式においては、その出資比率に応じて、出資者の声・意見というものは当然出来る限り尊重しなくてはなりません。そのとき、作家自身がクラウドファンディングという形で何百万かの資金を集めていれば、例えそれだけで映画製作は行えないにしても、集めた分だけ作家が発言し決定できる「自由」の幅は広がります。製作委員会という既存のシステムに対し、そういった形で作家が自律的にポジティブに関与していくことも、クラウドファンディングは可能にしてくれるのではないでしょうか。

 長くなりましたが、そんなことをつらつら考えるうちに、考えているだけでは実際のところよく分からないので、脚本も執筆段階の見切り発車ではありますが。まずは実践してみようと企画を出すことに決めました。
 今回出品する長編映画企画「さようなら」はいわゆる「原作モノ」ではありますが、それはわずか20分弱の実験的(かつ先鋭的な)演劇作品です。俳優は今後決定次第随時ご報告していきますが、劇団青年団の俳優を中心にキャスティングする予定で、死にゆく女性とアンドロイドをひたすらに見据えた、ストレートプレイとしての物語性の極端に希薄な内容になると思います。つまりそれは、極めて商業ベースに乗りにくい作品です。しかし、私は今だからこそ作っておくべき作品だと確信していますし、こういった映画が健全な資金運営のもと製作し公開できたとすれば、それは貴重な前例となるはずです。
 どうか、この企画に少しでも興味を持って頂けたのなら、また完成品を見たいと思ってくださるのなら、この意義深い(かもしれない)実験に参加して頂ければ幸いです。 最初にこの作品を「実験場」と書きましたが、ひとつの実験が時代を先導するとき、それは「前衛」となります。この作品が、真の意味で「前衛」作品となれるよう、皆様のサポートを宜しくお願いいたします。

脚本・監督 深田晃司(独立映画鍋)

今後の予定

 2013年夏以降の撮影を目指し、今夏より日本、及び海外でクラウドファンディングを開始。そこで得た寄付金を元手に資金調達を進めていきます。
 完成後は、各国国際映画祭に出品(監督の前作『歓待』は世界40箇所以上の映画祭に招待され好評を博しています)。

●撮影スケジュール
2012年7月 製作発表・クラウドファンディング開始
2012年7月~2013年4月 資金調達・シナリオ開発
2013年1月 プロット完成

2013年4月 シナリオ第一稿完成
2013年5月~9月 撮影準備
2013年9月~11月 撮影
2013年12月~2014年2月 ポストプロダクション
2014年3月 完成披露試写

※この予定は、資金調達の状況等で変わります。寄付者の方にはその都度ご報告します

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コレクター
52人
現在までに集まった金額
979,000円
目標金額は800,000円です。
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プレゼンター

Director photo

k.fukada

  • 東京都

 1980年東京生まれ。映画美学校3期フィクション科修了後、02年から04年までに長短編3本の自主映画を監督。  06年、東映アニメーションより『ざくろ屋敷 バルザック「人間喜劇」より』を発表、パリKINOTAYO映画祭にて新人賞受賞。09年、長編映画『東京人間喜劇』を発表。同作はローマ国際映画祭、パリシネマ国際映画祭に選出、シネドライヴ2010大賞を受賞。最新作『歓待』で第23回東京国際映画祭日本映画「ある視点」部門作品賞、プチョン国際映画祭最優秀アジア映画賞、TAMA映画祭最優秀新人監督賞を受賞。  05年より劇団青年団演出部に所属、現代口語演劇を横目に映画制作を継続している。11年には、こまばアゴラ劇場で初の映画祭を青年団俳優とともに企画開催した。  現在最新作は、『歓待』に続き杉野希妃とタッグを組んだ『ほとりの朔子』(二階堂ふみ・鶴田真由・太賀・古舘寛治出演)。脚本・監督を担当。2013年春以降公開予定。

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