【いうても英語】戯曲同好会⑥シェイクスピアを読もう(前編)【ガチれば余裕】
vol. 42 2020-04-20 0
こんにちは。笠浦です。
世界文学を愛する皆さんであれば、「ふええ、あなたのこと好きになっちゃた…。そのままのあなたが見たいの…」的な欲求から、原書を取り寄せてしまったことがあるかと思います。(念のため、原書とは、翻訳本に対して、元言語で書かれたものという意味です。ハリーポッター流行ったときとかは原書もかなり売れましたよね)
こういった、そのままのあなたを愛したい気持ち、「原文至上主義」みたいな思考回路にはまってしまうと、お金も時間もかかります。近所に大きな図書館があればいいんですが、原書ってどうしても書き込みたくなっちゃうからできれば手に入れたいですし。
家にいる方が多い昨今、これを機に何かしら原文で読んでみたいぞって人もいるかと思うんです。そんなときにおすすめしたいのが、劇作家史上ナンバーワン売れっ子、シェイクスピアです!!
原書に挑戦するにあたりシェイクスピアをおすすめする理由は以下の通り!
①原文じゃないとわからない良さが多いから
②いうても義務教育6年も学んだ英語
③有名なやつはみんなあらすじ知ってる
④無料
とくに④にご注目いただきたい。そう!シェイクスピアは400年前に亡くなっているので原文は著作権フリーです(翻訳の場合は翻訳の著作権はあります)。
こちらから全作品読めます。どうぞ。
https://www.opensourceshakespeare.org/
これだけだとあれなので、おもに『ハムレット』と『ロミオとジュリエット』を例にとりつつ、読む上で最低限これを知ってると楽しむ手掛かりになるかもってことを以下に述べていきたいと思います。(詳しい人から見たら、用語表記の雑さとかが気になるかと思いますが、シェイクスピアにわかの笠浦が趣味の範囲でやることなので多めに見てくださいね)
1.弱強五歩格
シェイクスピア戯曲は韻文で書かれてます。韻文のなかのブランクヴァースというくくりになるんですけど、これは韻律はあるけど決まった押韻はしなくていいっていうもの。そしてそのブランクヴァースというくくりのなかの弱強五歩格という種類のものです。というよりも、ブランクヴァースや弱強五歩格自体、実質シェイクスピアが(あとジョン・ミルトンが)完成させた手法で、今をもってその代表格はシェイクスピアなんですね。
どういうものかっていうと、まず前提として、英語というのは、単語よりも細かく、音節に分けることができます。
原文を読むと、改行多いなーってなるかと思うんですが、これは、一行に入る音節数が決まってるからです。弱強五歩格の場合は一行に10個の音節が入り、セリフを読むときのアクセントのつけ方は、順に「弱く、強く」×5ということに決まってます。例を見てみましょう。
全編基本的にこれです。すごいでしょ。
イメージとしては「ウン・ターン・ウン・ターン…」みたいなリズムがずっとあって、それに言葉をはめてくみたいな感じで、ヒップホップが好きな人なら理解しやすいかもしれません。
こちらから、実際に弱強五歩格の指定通りの発音をしてるのを聞けますので是非。
というか、すごくわかりやすい解説があったので貼っておきます。最初からこれを見てもらえばよかったかもしれない。
この弱強五歩格が、シェイクスピアを読むうえで一番知っておいたほうがいいことだと私は思うんです(なにしろ基本ずっとこれなので。あと、テキストの時点で、役者のアクセントの決まりがあるというのは日本人には新鮮だと思う)。
この弱強五歩格って、平易で誰にでも分かるのが良い反面、どうしても調べとして単調になりがちです。シェイクスピアのすごいところは、この弱強五歩格の可能性を限界まで広げまくって全然単調にしなかった点であります。つまりは例外が多いということでもあるんですが、何例か見てみましょう。
★句またがり
これは、『ハムレット』1幕1場でホレイシオたちが亡霊に出会ったところですね。セリフとしては4セリフですが、行は二行です。3人が間髪いれずにセリフを言うことで一行が完成しているわけです。句またがりはシェイクスピアの得意技です。
★女性終止
弱強五歩格では、行は「強」の音で終わりますが、シェイクスピアではたまに、最後に「弱」が一個余る、字余りを起こします。
以上の超有名な2セリフは、女性終止で終わってます。女性終止は、通常の「強」で終わる男性終止に対して、「きっぱり言い切らない、余韻を残す、不安や迷いを示す」などの意味があります。上記のセリフとかは、単語差し替えちゃえば通常の男性終止に納めることは簡単なところなんですが、ここはあえて字余りにして余韻を表現してるわけです。
シェイクスピア戯曲は、弱強五歩格の可能性を極限まで広げて豊かな劇世界を構築しました。箇所によっては韻律自体が変わったり、急に散文になったりもします(身分の低さとか、雑談とか、狂気とか、散文もいろんな意味があります)
今まで韻文に触れて来なかった人からみて、韻文って散文に比べて堅苦しくて自由度が低いみたいに思われるかもしれませんが、必ずしもそうではないよっていうことを伝えたいのです。
これ考え方次第ではあるんですけど、To be or…のセリフには実質、感情の指定があります。「それが問題だ!!!」ではなく「それが問題だ…。」みたいに余韻を残さざるを得ないんですね、だって女性終止だから。句またがりがあれば間髪入れずに読まざるをえません。勝手に間を開けたりとかできないんです。つまり、作家の立場に立って考えれば、役者の感情や間の長さ、散文ではいちいちト書きで説明しなきゃいけないところを、テキストのなかに織り込んでしまえるんです。韻文戯曲というのは、そう言う意味で散文にはないテキストの雄弁さがあると私は思います。
2.韻と言葉遊び
★韻
決まった韻を踏まなくていいのがブランクヴァースなんですけど、ここぞってときは踏みます。
逆に言えば韻を踏んでるということから、「ここぞってときなんだな」と読み取ることができます。
韻の踏み方にはいくつか型があるんですが、
★二行連句
だけでもおさえておくといいかなって思います。二行で韻を踏むっていうことです。たとえば長々しゃべったときとか、言い終わりをキレイにしめるためによく使います。
『ハムレット』1幕3場のレアティーズ、オフィーリアに対して、「ハムレットに口説かれてると思うけど、たやすく体を許すとかはダメだからね」みたいな長めの説教を、.
Be wary then; best safety lies in fear:
Youth to itself rebels, though none else near.
の二行連句で結んでいます。意味的には、「用心しなさい、怖がるのが一番。若さはそれ自体が君を裏切ってくる」みたいな感じですかね
この二行連句も二人で分け合って言うことができ、呼応してる感じを出すことができます。
『ロミオとジュリエット』1幕5場より。
JULIET
Saints do not move, though grant for prayers' sake.
ROMEO
Then move not, while my prayer's effect I take.
(ジュリエット「祈りはきいても、聖者は動きません。」ロミオ「では動かないで。祈りの報いを受け取ります」)
なんで二人で韻を踏んでるかっていうと、これ言った後すぐちゅーするからですね。ちゅーに至る気持ちの盛り上がりの表現として韻踏んでるわけです。
★言葉遊び
これはもう指摘しだすと本当にきりがないので、シェイクスピアを読もう(後編)で少し触れられたらいいかなって思います。シェークスピア言葉遊びだらけなので、原文読んでも全部は気が付けなくていいと思います。一個だけ引用すると、以下、『ハムレット』1幕2場、母を娶った叔父のクローディアスに話しかけられてご機嫌ななめのハムレット。
CLAUDIUS
But now, my cousin Hamlet, and my son,--
HAMLET
[Aside] A little more than kin, and less than kind.
見てわかる通りkinとkindがかかってます。クローディアスに「わがいとこ、息子よ!」とか言われて、母の旦那になってkin(親戚、肉親)より近いけどkind(親切な、心の通う)な相手ではない、みたいなことをつぶやいてるんですね。その直後のセリフはこうです。
CLAUDIUS
How is it that the clouds still hang on you?
HAMLET
Not so, my lord; I am too much i' the sun.
クローディアスが「どうして、お前の額に雲が陰っているのか。」と聞いたその雲を踏まえて、ハムレットは「いえいえがっつり太陽に照らされてまーす」と返します。このsunは直前のsonともかかってるわけです。隙あらば言葉遊び。翻訳困難です。
3.古い/新しい言葉たち
シェイクスピア原文を読むときに挫折する原因として、「知らん単語多すぎ」という問題があるんですけど、むしろそこは楽しんでいきたいですね!
★古語
シェイクスピアの初期近代英語は現代英語と少し違います。もう使われなくなった語彙が多々あります。私の主観で決めた、シェイクスピア戯曲頻出の古典単語、第一位はこちら!
thou :あなた(二人称単数)
これめっちゃ出てきます。
そう!かつては、I(一人称単数) we(一人称複数)you(二人称複数)he/she/it(三人称単数)they(三人称) に加えて、ちゃんと二人称単数があったんですね!日本語に訳すときは「汝」とかにすることが多いと思います。変化は、(I-my-me-mine)に対応させると(thou-thy-thee-thine)です。
この二人称単数って私は美しくて好きなんですけど、どうして廃れちゃったんですかね。かつてthouを使ってたような文脈はすっかりyouに置き換わってしまいました。youが「あなた」と「あなたがた」を同時に表す現状って結構無理があるような気がするんですが。
二人称といえば、完全に余談ですけど、藤村操っていう、華厳の滝で投身自殺した旧制一高の学生が昔いまして、厭世観による超エリートの自殺は社会に衝撃を与えました。後追い自殺が未遂含めて100件単位で発生し、藤村の英語の担任だった夏目漱石もずいぶん長いことこれを気に病んでました。そのとき新聞に載って超話題になった遺書がこれ『巌頭之感』です。
悠々たる哉 天壤、遼々たる哉 古今、
五尺の小躯を以て 此大をはからむとす。
ホレーショの哲學 竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。
萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。
すげえエリート感あふれる遺書!
なんですけど、この遺書の中のホレイシオへの言及は、誤訳が指摘されていまして、たしかに、『ハムレット』1幕5場亡霊と会うシーンで、ハムレットが友人であるホレイシオに「信じられないって言ったってとにかく亡霊いたじゃんよ!」みたいに言うくだりがあって以下の通りです。
HORATIO O day and night, but this is wondrous strange!
HAMLET And therefore as a stranger give it welcome.
There are more things in heaven and earth, Horatio,
Than are dreamt of in your philosophy.
「世の中にはyour philosophyを超えるものがあるんだよ、ホレイシオ」
このyour は、実は対話者であるホレイシオを指しておらず、話者含めて「世の中一般」を指します。つまり訳出としてはホレイシオの哲学ではなく、いわゆる哲学、などとするのが妥当。
私このくだりを読むたびに、藤村のことを思い出して切ない気持ちになります。彼はまだ16歳だったんですよ。すごく頭が良くてもやっぱりまだ知らないことがあって、生きてさえいれば、その後、英語のyouのこういう用法だって知ることになったと思うんですよ。やっぱり生きていないとなあってつくづく思います。
★造語
聖書の英訳とシェイクスピアがいまの英語を作ったとも言われています。
シェイクスピアは造語名人でもあります。「その時代すでに流行り始めてた言葉を使っただけ」とか「用法を拡大した面が大きい」とか「単にスペルミスが新語になった」とか諸説あるんですが、とにかくいまある単語の初出をたどっていくとシェイクスピア!!ってことがめちゃくちゃあります。たとえば以下の単語を以下の意味で使ったのははシェイクスピアが初です。
hurry:急ぎ
majestic:荘厳な
bloody:血まみれの
control:管理(名詞)
lonely:孤独な
critical:決定的な
ほかにもめっちゃあるんですが、ハムレットが、役者たちに向かってこう演技指導するところがあります(3幕2場)
I would have such a fellow whipped for o'erdoing Termagant; it out-herods Herod: pray you, avoid it
(鞭で打ってやる、ターマガント王をそれ以上に演じるやつは。ヘロデ王をそれ以上にやるようなもんだ。そんなのごめんだ)
つまり、演技は誇張するなってことを言ってるんですが(あとここは散文ですね)、out-herodsが造語で、ヘロデ王っていう悪名高い歴史上の人物にoutをつけてヘロデ以上(に残虐)って意味にしてて、しかもこれが動詞で目的語にHerod(ヘロデ王)をとってます。すごく奇抜な言葉使いで、初演の段階で観客全員初耳の言い回しだと思うんですけど、直前にターマガント王への言及があるため、文脈で意味をとることができます。
それではここでクイズです。『ハムレット』1幕4場、亡霊の呼び声に近づこうとするハムレット、ホレイシオやマーセラスが必死に止めますが、ハムレットは彼らにこう怒鳴る。
Unhand me, gentlemen.
このunhandってシェイクスピアが初めて使った単語なんですけど、果たしてその意味は…?
だいたいわかりますよね。「はなせよ!こら!」みたいなことを言ってるわけです。思い切った造語だけど、いうて意味わかる。優美なレトリックもそうなんですけど、こういう直感的にわかる新語を生み出せるのってほんとすごいなあって思いますね。
以上3点くらいを知ったうえで、是非原文にチャレンジしてみてください!
とは言いつつも、読破は結構大変なので(『ハムレット』とか長いので途中で心折れます)、好きなセリフの原文を探してみるとか、1シーンだけがんばって通読してみるとかでいいと思うんです。
「好き」→「そのままのあなたをみせて」という順番もありますけど、そのままのあなたを知った結果、好きになることもありますよね。多少意味の理解は追いつかなくても、まずは触れてみると、意外な魅力に出会って好きになれるかもしれません。
私も、原文で全部精読しました!って言い切れるくらいちゃんと頑張ったの、『夏の夜の夢』くらいなんですけど、やっぱりちゃんと読むと本当に好きになりました。(豆知識。真夏の話と思いきや、A midsummer night’s dreamのmidsummerは、夏至って意味です。夏至は6月だけど、作中に五月祭前夜、というようなセリフがあって議論の的)
そんなシェイクスピアにわかの私は、これを書くのもすごくびくびくします。上記のような雑な紹介でシェイクスピアを読み解こうなんてガチ勢ブチ切れだろうなあ、と。シェイクスピアというジャンルは400年分のガチ勢を生んでいるので、層の厚さが半端ではないのです。その分ちょっとググれば膨大な解説が出てくるので、気になる方はぜひ!文学研究でも花形の一つで、細かい点も研究されつくされ、山のように論文があり、しかも次々新たな研究者が誕生します。「ハムレットについて書かれたものをすべて読もうとしたら人の一生が終わる」とすら言われています。
400年も前なのに、なぜコンテンツとしての命を失わないのかって、いろんな理由はあるけれど、やっぱり上演が続いてるからだと思うんですよね。毎年日本でもたくさん上演され、新たなファンを生んでいます。
私は、シェイクスピア自身が、テキストを後世まで残そうとしてたようには思いません。各戯曲には多数のバージョン違いがあって、すごくそのへん研究されてますけど、シェイクスピア自身が著作をちゃんと残すつもりがあったら、これが一番古いだの、正確な執筆年はいつだの、こんなに揉めてないと思うんですね。海賊版?と思えるバージョンや、出演役者が記憶を頼りに書き起こしたっぽいものもあります。
シェイクスピアはグローブ座の座付き作家でした。全戯曲作品は、劇団での上演を前提として書かれたものです。紙に書かれるための言葉ではなく、音として役者の舌にのるための言葉なのです。だからこそ、単語が難しくても、多少意味が分からなくても、一度は原文の音に触れてみてほしいし、できれば声に出して読んでみてほしいなって思うわけです。
この度のクラウドファンディングは、演劇祭の開催中止に伴って実施されています。上演かなわなかった劇団の脚本だって、役者の舌に乗るために書かれたのであって、脚本家のパソコンの中で眠るための言葉ではないんです。今も、どこかで、自宅待機中の脚本家が本を書いていることでしょう。その文字をいつか肉声にするためにどうぞご支援のほどよろしくお願いいたします。