<製作ノート⑬>個人的停止・2【2019年11月】
vol. 28 2021-11-09 0
『ブラックホールに願いを!』監督の渡邉です。クラウドファンディングも終了までついにあと1週間となりました。連載を続けてきましたこの製作ノートもついに佳境です。
2019年9月、失意のなかで製作した『リバイバル』により、かろうじて映像を作ることを諦めずに済むことができたのでした。
しかし2019年11月、今度は新たな問題が発生しました。
11月1日に二本の映画を観に行きました。ひとつは、知り合いのあるプロデューサーが手掛けていた作品でした。
僕なんかが言うのは大変おこがましいのですが、その作品の完成度はお世辞にも高いとは言えませんでした。僕は製作の進捗を逐次聞いていたので、品質の責任はプロデューサーにあると感じました。監督は自分でできる範囲で最善の仕事をしていたと思います。その監督の過去作品は、「映画のおもしろさ」を思い出させてくれるものだったので、僕はとても応援していました。
かねがね映像の仕事をしていて痛感すること、つまり、演出家の強みをプロデューサーが潰してしまう日本の映像産業の現況、を再認識しました。
11月1日に観たもう一本の映画は、当時の話題作でした。
作品内で提示されている価値観に僕は疑問を感じました。もちろんその作品を愛している人を否定するつもりはありません。しかし自分が本当に困っているときや辛いときに、救いを求めて映画館に行った人が、「社会保障も福祉も隣人も、困っているあなたを決して助けない」と言われたらとても辛いだろうなと思いました。少なくとも、そんな映画を僕は作りたくありませんでした。ですがその作品は世界中で絶賛され、熱狂的に受け入れられていました。
この映画が受け入れられるのであれば、僕の価値観と世間には隔たりがあるのかもしれない、と感じました。
日本の映像産業の厳しすぎる状況と、話題作への嫌悪感により、そもそも映像を生業として生きていくことへの忌避感が再び頭をもたげました。「五カ年計画」始まって以来、最大のどん底でした。
これらに対して自分なりの解答を見つけられなければ、「五カ年計画」を続けることはできませんでした。
映画を観て絶望した僕は、やはり映画で救われることになるのでした。次回はそんな状況で出会った、ある映画を紹介させていただきます。
おまけ
当時のSTUDIO MOVESのビデオ通話の様子です。