ルート3:湧き出でる水:自身の身体を、地球の内臓の一部と重ね合わせる
vol. 5 2015-11-03 0
先日からの続き
ルート3:湧き出でる水
私が生まれ育った場所、東京都東久留米市。私の家では幼少の頃から、氷川神社近くの湧き水場にゆき、汲んできた水で珈琲を入れて飲むことが、家族の大事な行事でした。
大きくなってから、この土地には毎日1万トンもの水が湧き出でていると知ります。
1万トン。それは一箇所からではなく、川々のあちらこちらから湧き出ているのです。
大地から水が湧くということがどれほど凄いことなのか、私たちの身体を巡る水の事を考えます。
先日、写真家のセバスチャン・サルガド氏のドキュメンタリー映画を見ました。そこには世界の渇きが徹して映されている。
毎日大量に死んでいく人々、飢饉、その背景にはいつも、水が枯渇している。
水。
私がずっと飲んできた水。
それぞれの身体の中を流れている水。
水、大雨:今年の3月、チリ、アタカマ地方には28人が死亡するような、数千の家屋が破壊される強烈な嵐に伴う大雨が降り、一方アタカマ砂漠では、地表近くで「冬眠」していた200もの固有種を始めとした花々が一斉に芽吹き、花開く。
水、津波:生物の命と生活を根こそぎさらって行きながら、津波は肥沃な土を残してゆく。
生物と自然とはなんという関係性なのだろう。
乾いた大地、湿った密林、湧き出でる水、地球の循環が血管を流れる血のように巡り、それぞれの鳴らす音が自身の脈から聞こえてくるような、内臓に宿る感覚を持ち、ここに沿った制作をしたいと思い、構想を練りはじめたのが、《鳥よ、僕の骨で大地の歌を鳴らして。》という作品のはじまりです。
それぞれの風土から生まれる独特の自然感覚を内在して生きてゆく。
それは自身の身体を、地球の内臓の一部だと重ね合わせること、でもあると思うのです。