金子文子 短歌 ⑦
vol. 57 2024-12-31 0
金子文子の死の翌年、1927年(昭和2年)1月に、栗原一男たちの自我人社から発行された『獄窓に想ふ 金子ふみ』は即日発禁で、全て押収された。それが後年、歌人・道浦母都子さんによって山梨県立図書館で発見され、1990年に黒色戦線社から復刻された。
それによると「己を嘲けるの歌」と「獄窓に想ふ」の二章に分かれ、前回最後の次の短歌が大審院の判決前日に詠まれた。
「色赤き脚絆の紐を引き締めて 我後れまじ 同志の歩みに」
ここまでが「己を嘲けるの歌」で、市ヶ谷刑務所(未決監)が舞台と思われる。ここから以下が「獄窓に想ふ」で、宇都宮刑務所栃木支所に移り、死刑判決と恩赦に対する感慨なども歌われる。
*
金は有れど要り道は無し思ひつゝ
買ふて見たりき
新らしきペン
*
我が欲しき紙は無かりき田舎町
友を離れし
淡きさびしさ
*
ちくちくと痛む瞳をしかめつゝ
ペンの歩みを
追ふもかなしき
*
縁無しの金蔓眼鏡もあながちに
伊達ばかりには
あらざりしかな
*
誰彼の年を数えて自の
子供らしさに
気休めを云ふ
*
ひそうなる誇りも覚ゆ仲間では
一ばん年の
若き己を
*
店あらば一度に年を五ツ六ツ
買入れんなど
思ふをかしき
***
我が心嬉しかりけり公判で
死の宣告を
受けし其の時
*
嘗めて来し生の苦杯の終りかな
など思はれて
そゞろ笑まれき
*
斯程までかなしき事はなかりけり
××(恩赦)とやら
沙汰されし時
*
何や彼やと独り喋りて興がりし
いとそゝかしき
看守長もありき
*
とりどりに的を外れし想像で
推し量られし
我のさびしさ
*
これと云ふ望みも無けれ無期囚の
ひねもす寝ねて
今日も送りつ
*
思ふまゝに振舞ふてあり行きがけに
強くもあるか
無期囚の身は
*
今日も亦独り黙して寝てあれば
蝙蝠飛び交ふ
夕暮の空
*
獨り居る春の日永し監獄に
繰り返し読む
スチルネルかな
*
春の夜の空は濁りて小雨降る
遠き水田に
蛙鳴きてあり
*
ふらふらと床を脱け出し金網に
頬押しつくれば
涙こぼるゝ
*
六才にして早人生のかなしみを
知り覚えにし
我なりしかな
*
意外にも母が来たりき郷里から
獄舎に暮らす
我を訪ねて
*
詫び入りつ母は泣きけり我もまた
訳も判らぬ
涙に咽びき
*
逢ひたるはたまさかなりき六年(むとせ)目に
つくづくと見し
母の顔かな
*
何がなと話続けて共に居る
時延ばさんと
我は焦りき
*
他の意など何かはせんと強がりの
尚気にかくる
我の弱さよ
*
ヴワニティよ我から去れと求むるは
只我あるがまゝの
眞実
*
(表記の異同がある場合は、原則的に1976年黒色戦線社刊『金子文子歌集』に倣いました)
◉参照文献:金子文子ウェブ記念館 全歌集 其のニ