金子文子 短歌 ⑥
vol. 56 2024-12-24 0
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笛喇叭(らっぱ)豆腐屋の鈴にレールの軋り
獄に想ふ
娑婆の雑音
*
生きんとて只生きんとて犇めき合ふ
娑婆の雑音
他所事にきく
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光こそ陰をば暗く造るなれ
陰のなければ
光またなし
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照る程に蔭濃く造る××よ
我は光を
讚むる能はず
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どこやらの大学生と議論した
夢見て覚めぬ
獄の真夜中
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白き衿短き袂にみだれ髪
我とよく似し
友なりしかな
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彼(か)の友が薬売らんと言い出でしを
反対せしは
我なりしかな
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些細なる鼻風邪ひきても医者を呼ぶ
ブルに薬は
用なきものぞ
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薬売るは貧乏人(まずしきもの)の搾取なりなど
我云ひ張りぬ
風呂に行く途
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友と二人職を求めてさすらひし
夏の銀座の
石だたみかな
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同志てふ言葉を他処に権力の
腕に抱かれ
友は逝きけり
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今は亡き友の遺筆をつくづくと
見つつ思ひぬ
友てふ言葉
*
口吟む調べなつかし革命歌
彼の日の希ひ
淡く漂ふ
*
彼の日には赤き血汐に胸燃えて
破るゝなどゝは
思はざりしを
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凧のごと黒き糸をば脊につけて
友かなしくも
巷さすらふ
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獄に病む我を護れる汝(な)が思ひ
早く癒えんと
我は誓はん
*
友の服は破れ我に白き襟番號
哀しきまどいよ
豫審廷の晝
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ぐんぐんと生ひ育ち行く彼の友と
訣るる日近し
我のかなしみ
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今日はしも我等のために同志らが
闘ふ日なり
雨晴れよかし
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講演会集ふて叫ぶ若人の
群を思へば
我も行きたし
*
一度は捨てし世なれど文見れば
胸に覚ゆる
淡き執着
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「ふみちゃん」と友は呼ばはり鉄格子窓に
我も答えぬ
獄則を無視して
*
黒雲は渦巻き起ちて天(あま)つ日を
蔽ひて暗し
夕立の前
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去年(こぞ)の今日我を見舞いし友二人
獄舎に逝きて
今はゐまさず
*
ギロチンに斃れし友(ひと)の魂か
庭にツツジの
赤きまなざし
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亡き友の霊に捧ぐる我が誓ひ
思ひ出深し
九月一日
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谷あひの早瀬流るゝ水の如く
碎けて碎く
叛逆者かな
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叛逆の心は堅くあざみぐさ
いや繁れかし
大和島根に
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色赤き脚絆の紐を引き締めて
我後れまじ
同志の歩みに
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(表記の異同がある場合は、原則的に1976年黒色戦線社刊『金子文子歌集』に倣いました)
◉参照文献:金子文子ウェブ記念館 全歌集 其のニ
https://kanekofumiko.doorblog.jp/archives/36980011.html