6/19 映画『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』レビュー
vol. 8 2020-06-19 0
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016)
監督:三木孝浩 脚本:吉田智子
あらすじ
二十歳の高寿はいつものように叡山電車に乗って京都精華大学へ向かっていた。混み合った朝の電車の中で一人の女性に目が留まる。一目惚れをしたのだ。宝ヶ池駅で降りる彼女を追いかけ、声をかける。「またね」と言った彼女は一筋の涙を流していた。
その後友達のプレイボーイ・上山の手も借りて、高寿はその女性・愛美とめでたく付き合うこととなる。やけに涙もろい愛美とデートを重ねる高寿。時たま感じる違和感を気にしながらも、愛美と歩んでいく未来に思いを馳せていた。
そんな矢先、ある事実を愛美から打ち明けられる。明らかになる抗いようのない二人の運命。その道を二人は健気に歩んでいくのだった。
初デート前の胸騒ぎを経験したことはあるだろうか。空を飛ぶ自分を地上から見上げているような見せかけの全能感を覚える、あのひとときだ。それだけに、不甲斐なかったときの苦しみはひとしおだ。空から堕ちる痛みと、そんな自分を見ている苦々しさを同時に味わうことになる。
しかし上手くいったからといって、その胸騒ぎは弱くなってしまうのだから恋愛は難しい。
話は変わるが、本作品に僕はボランティアエキストラとして参加した。この頃の僕は随分と意欲的だった。この4年間は経験あるのみと断じて、大学生活の序盤はあらゆることに手を出していた。エキストラもそう。嵐山に一人で出かけ、欧米人のお姉さんに話しかけて一緒に写真を撮ったりもした。その意欲もいつしか失くしてしまって、今ではすっかり出不精である。あの写真は今もどこかに残っているのだろうか。
「初心忘るべからず」の言葉が逆説的に示しているように、初心は忘れてしまうものだ。
だけど高寿と愛美にとってのあらゆる“初めて”は、僕らには想像し得ない特別な意味を持つ。二人で過ごす日々も限られたものだ。だから二人は一回のデート、ひとつの行動を全身に染み渡らせるように大切にしていく。初心を忘れる暇もなく、限られた時間を消費していく。忘れることができないからこそ感じる痛みもある。
二人を見ていると、こんなフィクションの世界じゃなくても、今日という日は初めてで、そして最後であることに気づく。だけどやっぱりその日その日を全部大事にするのは難しいのだ。好きな人といる喜びも、新天地での志もいつの間にか忘れてしまう。だけど忘れることで和らげることができる痛みもあるのだろう。大事なのはその喜びを、志を、たまには思い出してみることだと思う。そうしたらまた今日という日が、かけがえのないものに変わるはずだ。
このクラウドファンディングが始まったのは6月はじめ、本番は10月のはじめである。実に4ヶ月もの期間はあるが、皆様に頂いた応援を常に思い出しつつ、作品作りに取り組んでいく所存である。
劇団FAX
髙野亮太郎
(実は劇団FAXの他の面々も、たまたまこのボランティアエキストラに参加しています。僕は残念ながら映っていませんでしたが、他の面々は映ってた気がする。ついでに探してみてね!)