過去公演紹介『贋作・蟹工船』
vol. 5 2019-03-14 0
過去公演紹介
『贋作・蟹工船』
この作品は劇団FAX初めての自作長編公演となりました。
プロレタリア文学の代表作、小林多喜二さんの『蟹工船』を原作に、月を目指す青年と姉の悲劇を描きました。
完全な裏話ですが、玉井は『正月のあの音』や『春の大感謝祭』を観ればわかるように、静かな演劇が比較的好きなのですが、役者さんはというとそんなことはなくて、野田秀樹さんみたいな激しい芝居をしたいとずっと言われ続けていました。「いやぁ、書けないっすよ」なんて言いながら、何回か書いてみたんですが、有言実行、全然かけなくて、原作ありきで作ろうという事になりました。つまりは『贋作○○』にしようとなったわけです。
そこで、面白そうなタイトルの作品をリストアップして、全部に「贋作」をつけてみました。そしたらあら不思議、『贋作・蟹工船』がメチャクチャかっこいい字面をしていたではありませんか。その日のうちに『蟹工船』を買い、読み、構想を練りました。
そのようにして生まれた作品です。玉井としては、実は結構気に入っています。最後に主人公(炭山)が独白をするシーンがあるのですが、そこの台詞が結構気に入っています。
今日はその台詞で紹介を終わろうと思います(監督というのは蟹工船の労働監督官でざっくりいうと主人公の敵役です)。
炭山「姉ちゃん!(監督「炭山」) 姉ちゃん!(監督「炭山」) 早く一緒に見ようぜ。一緒に見るって約束だったじゃんかよ。父さんがピント合わせてくれたんだ。お月様が綺麗に見えるんだぜ。姉ちゃん見てよ。月には海が広がってるんだ。(監督「その海は死の海なんだ」)その海の中では何百年も何千年も前からの夢が転がってるんだ。(監督「そこにいるのは亡霊たちだ」)月の海の中でただひたすらに陸に上がるのを待っているんだ。望遠鏡でこうやって見てると月はすぐそこにあるような気がする。でも届かない。こうやって手を伸ばすと、そこにあるのにどっかいっちまうんだ。そこにあるのは月の亡霊だ。姉ちゃん。どこにいるんだ?(監督「兎は死んだ!」)見えなくなっちまうぞ。(監督「死んだんだ」)月はただでさえ遠いのに年に3センチずつ遠くなってるんだって。いや、距離なんて関係ないさ。どんなに距離が離れたって、俺の月に行きたいというこの夢が変わることはない。(監督「違う。その距離はいずれ何もかもを断絶するんだ」)姉ちゃんもそうだろ。月の兎さんに地球は綺麗ですかって聞くんだろ。(監督「炭山。兎は死んだんだ」)昔ある兎が老人を助けるために業火の中へ飛び込んだそうだ。その行いを見た神様は兎を月に登らせたらしい。あ、もしかして姉ちゃん、あの神話を信じちまったのか。さてはもう月へと行っちまったな?(監督「「違う! 兎は死んだんだ!」)死んでなんかない! 姉ちゃんは月へと行っちまったんだ。業火の中へ飛び込み月へと登って行ったんだ。いっつもそうだ。姉ちゃんはいっつも先に行っちまう。追っかけてくのだって大変なんだぜ。よーしわかった。待ってろ。すぐに追いついてやるさ。しってるか。ロケットは世界で一番はやいんだ。姉ちゃんがどんだけ先に行っちまってもすぐに追いついてやる。ヒューストン。ヒューストン。(監督「やめろ」)こちらアポロ11号。(監督「お前はアポロではない!」)搭乗準備完了。あとは打ち上げを待つのみです。(監督「現実を受け入れろ炭山。お前はアポロではないんだ!」)違う! 姿形がアポロなんじゃない。月へと登るその思いがアポロなんだ。この月へと登る一本の縄がある限り、俺はアポロであり続けるんだ。姉ちゃん。これはカンダタの蜘蛛の糸なのか。姉ちゃんが月の海から垂らしてくれているのか。そうだとしたら足元に蠢く蟹の亡霊たちよ、いくらでもついてこい。お前たちを引き連れてこのアポロは月へと行ってやるぞ。3。カウントダウンが始まった。この3秒は人類の歴史でもっとも価値のある3秒だ。2。俺が姉ちゃんを超える3秒だ。今度は姉ちゃんが俺の背中を見るんだ。1。姉ちゃん待ってろ。今、行くぞ!」