ダイアロジカル・アートって?
vol. 11 2014-09-21 0
Dialogical art対話としてのアート
ネットであまり日本語でどのような言葉で検索すれば良いかわかりませんが、下記の記事を読んだら良いかもしれません。
http://ejiten.javea.or.jp/content.php?c=TmpneU1ESTE%3D
このアプローチは民主的なプロセスが第一だそう!
Jay さんはよく「modernist artist」のやり方を批判するのですが、その近代的なアプローチはアーティストが王様みたいにすべて決めてコントロールする立場で、 センターになるわけです。より民主的なプロセスだとアーティストの立場がなくなるというか、「参加者」(まちの人、プロジェクトのメンバー」は皆同じレベルになって、皆は アーティストになるということでしょう。いろいろ議論したり、相談したりしつつ作品を展開していくということです。
まず街の人、メンバーはどのことに 関心に持つか、どのような問題を取り組みたいのか、どのようなことを変えたいのかいろいろ話し合って、確認してから、その中で「テーマ」「目的」が見えてきます。そして皆さんがいろいろなアイディアを出してどのように一時的ではなく、長期間のプランでその目的に向かったら良いか判断して、少しずつアクショ ンをとることです。
アーティストがいなくても続けられるようなプラットホームを構築することが必要です。
今年jayさんはオーストラリアで展開したプロジェクトは参照になると思います。添付ファイルも是非みてください。
http://www.spaced.org.au/projects/jay-koh/
まちの人が集まって、jayさんはfacilitatorのような立場で皆さんとの議論、話し合いを促進し、結局まちのひとが自分のアートプロジェクトを作っていたのです。
アート作品を作れなくても、そのまちの日々の文化、日常生活、その中で隠れた物語を可視化することでアートになるというアプローチです。
Jayさんはダイアロジカル・アート(対話としてのアート)のプロセスをまとめてくれたのです。これからこのメモを参照しながらコラボレーションを展開する予定です。いつも何をやろうとしているかクリティカルに反省しないといけないし、また人間関係の間どのようなアステティックが動いているか意識す ることが必要だと言っています。
水曜日は4時間くらいずっとjayさんと根来さんはいろいろ話し合ってどのようにコラボレーション ができるか検討しました。全然違うアプローチを持つアーティストはどのように一緒に作品が作れるでしょうか?かなりお互いの立場を理解するまで時間がかか るのですが、全く違う価値観を持つ人とどのようにコミュニケーションが取れるかという課題を取り上げっているディスロケイトにとってはそのプロセスが非常 に面白いです。「あなたは違うので無理」ということではなく、「あなたが違うので是非これからもう少し話し合ってみましょう」という感じですね。ケンカに なってもいいですが、お互いに建設的なアウトプットになったらと思います。これからどうになるでしょう??
金曜日はまたゆうゆう善福寺でスタッフと利用者といろいろ相談してみました。スタッフメンバーの池部さんが長く善福寺に住んでいますので40年間で様々な変化が見えてきました。その中では特に子どもの数が少なくなってきたことが印象的だという話がありました。少子化があっても保育園・幼稚園
が足らないという状況もあるのでこれから杉並区はゆうゆう館や保育園の設備を組み直すみたいです。その他、街が直面している問題の中で地域の商店街の高齢化、自然保護、市民と行政との関係という点も出てきました。