僕たちの心はもともと穴だらけ
vol. 48 2020-11-04 0
47日目終了。
第二稿をキャストに再度送付する。
恐らくまだ何稿まで進むかわからないからここからはPDFで確認するだけになると思う。
稽古稿まではもうプリントアウトしなくても問題がないはずだけれど。
大きな変更があるかどうかはまだわからない。
明けて今日は父の命日になる。
大事な人の命日はどういうわけか11月に集中している。
毎年11月になると、ああ、今年もやってきたなぁと感じる。
今年は母の病気もあってお墓参りもなく、淡々とその日が過ぎていくだろう。
人は自分が願おうが何をしようが無力な現実に初めて出会ったその時に初めて大人になるのかもしれない。
死別や失恋はその現実の中でも個人にとっては大きな大きな出来事になる。
自分がどんなに願っても叶わないことがある。
どうしょうもなく悲しくなる気持ちを制御できなくなる。
そこから立ち上がるには長い時間が必要だったり、大きなきっかけが必要だったり。
自分ではどうにも出来ない悲しさとどう付き合っていくのかを自分自身に問い続けて。
そこからが本当の大人になるということなのだろうなぁと今なら思う。
同じく11月に亡くなった芝居の師匠にも同じようなことを言われた。
お前のような奴は大失恋するまではいい役者にはなれないよと。
あの時は何を言ってるんだろうこの人はぐらいに思っていたはずだ。
どうしてそうなるのかはまったくわからないのだけれど。
僕の場合は、そんな現実はいつも突然だった。本当にいつもいつも突然だった。
父との死別もそうだった。
その日の昼間まで元気で入院どころか病気でさえなかった。
ある日突然倒れて、その日の夜にそのまま亡くなった。
一切心の準備が出来ないまま、喪失感があっという間に自分を包んだ。
立ち上がれなくなるほどの大きなショックだった。
肉親を喪うのはそれを経験した人じゃないとわからないことかもしれないけれど。
ただ悲しいという一言で表現できるものじゃない。
自分では立ち直ったと思っていても、実はそうじゃないという状態だったと後で気付いたりもした。
心の中では大きく動揺しながらも、僕が正気を保てたのはいくつかの理由があった。
僕よりも大きく母がうろたえていたことでしっかりとしなくてはならなかった。
そして僕は父の前にも、突然、大事な人を亡くすという経験があった。
最初にそれを経験した時、本当に立ち直るまで長い長い時間が必要だった。
暗い長い穴の中をただ歩き続けるような日々をすでに経験していた。
だから父が突然亡くなった日に、僕はいつの間にか大人になっていたと思った。
ただ目の前の喪失感に襲われるだけじゃなくて、父の亡骸と向き合えるようになっていた。
夢には何度も何度も繰り返し出てきたけれど、いつかの大きな衝撃とは少し違っていた。
それは多分、悲しい気持ちはなくなることではなくて、ずっとそこにあり続けること。
そして、もっと悲しいことに、その悲しさにさえ少しずつ慣れていくことを知ったということなのだと思う。
別れに慣れることなんてなかったけれど。
心にぽっかりと穴があくという表現があるけれど。
本当にその通りで。
その穴に何かを注ぎ続けてくれた人を喪うことは取り戻すことが出来ない。
その穴を無理に別のもので満たそうと思ったところで決して満ちることはない。
その穴と一緒に生きて、一緒に生きていくことに少しずつ慣れていくことだけが出来ること。
それはとても悲しい事だけれど、同時にとても平等で当たり前のことだと知った。
僕たちの心はもともと穴だらけで。
残念ながら完全な人なんてどこにもいなくて。
生まれた時からずっとその穴に何かを注ぎ続けてくれる人がいた。
生きていく中でそんな人に出会ってきた。
だから僕は自分の心の穴を何度も何度も自覚してきた。
だから忘れてはいけないのだと思う。
僕自身ももしかしたら誰かの心に何かを注いでいるのかもしれないことを。
別にそれは表現行為だけのことを言っているわけじゃない。
自分がここに存在しているだけでもそうなのかもしれないんだということだ。
だからこそ僕たちは生きていかなくちゃいけない。
自分のために生きるのでも構わない。
自分のために生きることが誰かの心に何かを注ぐことだってあるのだから。
僕にとっての「生きる」とはなんなのか。
それを探し続けなくてはいけない。
それはハタチで親友を喪って長く暗い道を進んだ時にみつけた唯一の光だから。
それをどうやって自分が選んでいくのかはわからないし、正解なんてない。
例えば舞台を下りたとしても、それはそれで正解なのだと思う。
でも、今の僕にとって僕の無意識からの欲求に素直に進むことが「生きる」ことだ。
映画「演者」を製作しなくてはいけない。
それは僕が「生きる」ことそのものと直結している。
いつかの約束は今も僕の中に残っている。
誰かの声が聞こえる。
穴があいた心に響く。
誰かの心の穴が見えてチクリと痛む。
生きることは苦しい事だ。
老いることだってそうだ。
それでも例え一瞬でも美しい瞬間がやってくる。
僕はたくさんの分岐点を迎えて、そのたびに選択しながら、その先に進む。
この道の先に何が待っているかわからないけれど。
何も待っていないのかもしれないけれど。
また一歩足を前に出す。
自分の心臓を鷲掴みにして絞り出した。
初稿から変更したシーンがある。
第二稿をまだ冷静に読むことが出来る自分がここにいない。
前を向いても、後ろを見ても。
僕の足元には道がある。
立ち止まることはしないよ。お父さん。
小野寺隆一