朝はやってくる
vol. 20 2020-10-07 0
19日目終了
連日慌ただしく進む。
今日の僕は昨日の僕よりも少しだけ余裕があったけれど。
その分、事務作業や人がいない時間に準備しておくことを進める。
良き報せも届いた。
連絡を続けていた良かった。
本日は小屋入り二日目。主に場当たり稽古と呼ばれる稽古が進んだ。
場当たり稽古というと、劇団や舞台監督さんで内容がまったく違う。
シュートと呼ばれる照明を固める作業、音響のゲージ取りなど同時にやることもある。
演出稽古とは違って、劇場に入ってからしか出来ない稽古。
つまり照明、音響、転換などを含めたテクニカルチェック。
劇団によっては慣習で、演技の稽古もじっくりとやる劇団もある。
舞台監督さん次第で、ほとんど稽古は出来ずきっかけのみを追う場合もある。
シュートとゲージ取りは事前に追い込んでおくケースも僕の参加団体では多かった。
照明は灯りを天井に吊っていくだけが仕込みではない。
灯りづくりと言って、シーンごとの照明を創り込んでいく。
吊ってある照明機材だけではなくて、操作卓の仕込みがある。
その後、それぞれの照明機材の向きや、広さ、フォーカスまで決めるのがシュート。
音響の仕込みも、回線を仕込んでから、ミキサーや音源の仕込みがある。
そこまで行ってからゲージをとって、その後にイコライザーで音の創り込みをする。
それぞれにしっかりと時間をとって取り組めればいいけれど小劇場ではそうはいかない。
今回はランスルー方式で、演技も含めて、止めながら繰り返す形で場当たりが続いた。
役者にとっては準通しのような感じで取り組めるからありがたい。
各スタッフさんにとっては、入念にテクニカルだけのチェックの方が良いはずで。
そうやって、役者たちにも気を使ってくださるのは、このスタッフさんたちの力です。
感謝するべきだよなぁといつも思う。
今、テレビドラマでも小劇場出身俳優が出演していないドラマなど皆無に近い。
これはとあるスタッフさんに聞いた話だけれど、小劇場出身の俳優は現場で好かれるそうだ。
それは小劇場であれば多少のスタッフワークを手伝うし、その大変さを身をもって知っているからだという。
小劇場の世界では、俳優は飯を食えず、スタッフさんは仕事として受けている。
映像の世界では、俳優がその作品の看板であり、資金を集めることの出来る存在でもある。
そういう違いもあるかもしれない。
ただ僕は初めて舞台の世界に飛び込んだその日からずっとスタッフさんに感謝しろと先輩に言われ続けてきた。
別に三つ指をついて頭を傾げろということではなく、心からの感謝だ。
スタッフさんが支えるから舞台が出来るのだと体で覚えたという感覚がある。
自分で初めて舞台をやったその日から。
色々なことを覚えてきた。
例えばうちの劇団は、舞台音響さんがスタッフさんに入ったことはない。
キーボーディストだったり、レコーディングエンジニアだったり。
舞台音響専門の方ではない方にいつもお願いしてきた。
だから、スピーカーを吊ったり、マイクを仕込んでおいたりは大抵一通りやる。
大道具さんはいないから、自分たちでナグリを持って作り込んでいく。
照明だって、吊りこみの手伝いをする。
ずっとうちについてくださっている照明さんと二人だけで吊りこんだこともあった。
制作だってそうだし、全てを覚えていかないと何もできなかったはずだ。
スタッフワークがメインの日。
少し舞台から抜けて、PC作業に集中する時間帯に。
ああ、僕たちはなんと頼りになる人たちに囲まれているのだろうと思った。
役者たちが芝居に集中できる環境での場当たりが続いていて。
僕は少し抜けさせてもらうことだって出来たのだから。
そして何はなくとも俳優の時間はやってくる。
明日になれば、ゲネプロと呼ばれるリハーサルがある。
上演のための準備はまだまだやることだらけだ。
そして、まさに俳優の時間、舞台本番がやってくる。
何があってもおかしくない昨今。
無事千秋楽まで走り抜けられるように祈っている。
何よりも大事なことは体調管理。
そんなこと言って公演期間中はいつものように遅くまでかかるのだけれど。
そして、安全対策の徹底。
それを守ることが最低限この作品を止めない為の約束だ。
12年前に完全に制作のほぼ全てを自分が受け持ってからずっと石橋を叩きまくってから渡ってきた。
今回だって同じ。
とにかく、リスクヘッジだけはしっかりとすることだ。
それが公演の成功の第一歩だからだ。
目が覚めれば初日の朝だ。
気付けば20日目になるのか。
小野寺隆一