後からついてくると信じるだけ
vol. 4 2020-09-21 0
3日目が終了。
始まって間もないのに参加人数0人という事実。
まだ強く打ち出しているわけではないとはいえ現実を受け止めなくてはいけない。
その上で10月に入ってからどんな動きをするのかを検討していくしかない。
いずれにせよそういう日が近くやってくるであろうことは予測していとは言え。
でも、それで落ち込まないというのは違うと思う。
落ち込んで、不安になって、追い込まれて、それでも前に進むべきだから。
自分のプロジェクトに魅力がないのだと自分に言い聞かせるしかない。
そこで下手に理由を付けて言い訳をすれば、結局、最後まで見逃してしまうのだから。
怖いこと、つらいこと、悲しいこと、不安。
そういう全てが自分のピースで、そういう部分を覆い隠したら何も創れない。
だからそんな時はちゃんと落ち込めばいい。
そして落ち込んでも次の日をちゃんと迎えるのだよ。
嘘をつかない。
騙さない。
厭なことは厭だと思い、腹が立てば怒る。
それを胡麻化してしまえばきっと全てを胡麻化すことになる。
耐えることはするさ。
耐えて、耐えて、耐え続けることだって出来るさ。
だからと言って生まれた感情まで殺すことはしないだけだ。
舞台の台本をシナリオに変更する作業を続けている。
舞台「カクシゴト」の中の一つ「演者」。
映画「セブンガールズ」の公開前最後の舞台だった。
急遽抑えた劇場と予算規模でオムニバス公演になった公演。
2年の月日は当時の上演台本をより冷静に客観的に読めるだけの時間だった。
役者たちの意見を聞き、稽古の中でも変更を繰り返したその台本は。
改めて読んでみると、時間制約があった中でとてもよく出来ていた。
実は上演前はそこまで評判が良くなるとまでは思っていなかった。
きっとこういう作品を求めている人がいるであろうことと。
そして何よりも誠実に芝居だけを煮詰めていく作品作りがどんな作品を生み出すか。
それだけを考えていたように思う。
評判は後からついてきたんだよなぁと思い出す。
改めて読むと俳優にとってとても難しい芝居が多いと何度も思った。
台本やシナリオを書いたことがある人ほど言うことだけれど。
じっくりと検討しながら書くと言えばかっこいいようで実はそうでもない部分がある。
ある程度の勢いをつけて、ガガガと一気に書いてしまった方がかえって良かったりする。
それはきっと思考の中でテンポが出来ていることと、集中力の問題だと思う。
勢いで書いてから、あとでじっくりと推敲していけばいい。
じゃあ、上演台本からシナリオに変更するのはどうなのだ?と考えていたけれど。
不思議なものでその両方が繰り返しやってくる。
上演台本を何度も読み返して少しずつソリッドにしていく時間帯もあるし。
勢いでこんなシーンにしたいと一気に進んでいく時間帯もある。
もちろん、絵が見えなくなってピタリと止まってしまう時間もある。
止まってしまう時間を何もしていないと思われがちだけれど、それはそれで必要な時間だ。
10月7日から、下北沢で劇団前方公演墳の舞台が待っている。
「東京しもきたサンセット」
今回の出演者の殆どがこの作品に出演している。
役者たちは今、当然、舞台に集中している真っ最中だからこの間にシナリオは読めないだろう。
だから、千秋楽の10月11日を初稿の〆切と自分の中で決めている。
その日よりも前に書ききって、その上で何度も推敲を重ねて初稿とする。
もちろん、初稿だからまだまだ変更していく。
キャストからの意見ももらうし、実際に撮影に向かう中でロケハン、シナハンで変わる。
もしかしたら撮影打ち合わせで変わることだってあるのかもしれない。
いや、シナリオが完成したところで、撮影が完成したところで、編集で変わるかもしれないのだから。
いずれにせよ、どれだけ魂を込めて考え抜いても、打ち砕かれる覚悟が必要だ。
本来なら初稿を渡してからキャストを決定するべきなのだと思う。
このシナリオのこの役をやって欲しいというお願い。
少なくてもプロットや企画書だけでも渡すべきで。
そういう意味では全員が原作舞台を知っているというのは大きいけれど。
だからこそ、最低限、10月の舞台の終わりまでに仕上げないとと思っている。
仲間だけれど、その関係性に頼らずに信頼してもらうべき用意をする。準備をする。
仲間たちだって、今、頑張っているのだから当然のことだ。
腸がねじれるほど考える。
そう決めている。
たくさんの不安も。
全てきっとこのシナリオに練り込まれるだろう。
たくさんの希望も。
全てきっとこのシナリオに練り込まれるだろう。
真摯に取り組むしかない。
自分の中にあるケガレも引き受けながら。
結果はきっと後からついてくる。
自分が涙を流すまでシナリオを練り直す。
そこからしか何も生まれないからだ。
きっと、きっと、そうすれば、あとからついてくるのさ。
小野寺隆一