メンバー日記26 被災地訪問プロジェクトを振り返って(たいち)
vol. 42 2021-04-10 0
本日のメンバー日記の担当は、たいちです。
117KOBEぼうさい委員会にご支援いただきありがとうございます。
今回このようなオンラインイベントという貴重な体験をさせていただきありがとうございました。
私は今回の防災オンラインイベントで、何を得ることができたのだろうか。
そして、なぜこの防災オンラインイベントに参加して、今感想文を書いているのか考えました。
今年は阪神・淡路大震災から26年、東日本大震災から10年、熊本地震から5年という節目の年であり、当初の予定では被災地訪問の計画を練っていました。
しかし、新型コロナウイルスの影響で、その計画も断念せざるを得ないことになりました。
では、私は当初の予定が中止になったから、この防災オンラインイベントに参加したのか。
きっかけとしては、間違ってはいません。
しかし、私にだって防災オンラインイベントに参加しない手段だってあったはずです。
では、なぜ参加したのか。
友達がいたから、先輩がするから、周りの雰囲気、どれでもありません。
どれにも流されていない自信が私にはあります。
私が防災オンラインイベントに参加した一番の理由は、大学生の力が知りたかったからです。
日本は、災害大国です。
昨今では、コロナウイルスが蔓延しており人的被害に加えて経済的な被害も前代未聞の損害を被っています。
これも一種の災害と言えます。
こういった、災害に対して、私たち大学生は何ができるだろうか。
ただ自宅で自粛して、映像授業を受けるだけで良いのだろうかと私は、この一年疑問に思っていました。
必ず私たち大学生にしかできないことは存在します。
それが、一体何かは今も模索中です。
この防災オンラインイベントは、私にとって「大学生にしかできないこと」を探す上での重要な鍵が隠されていると思ったから参加しました。
まず、大学生にしかできないことを考える前に大学生の強みについて書いていきます。
大学生の一番の強みは、若さです。
もちろん、これがマイナスに働く場合もありますが、プラスに働く場合の効果は絶大です。
若さとは、つまり大人でもなく子供でもなくその中途半端な年代のことを指します。
中途半端と言えば響きは悪いかもしれませんが、中途半端こそ最強なのです。例えば、これは私の実体験の話です。私はコンビニエンスストアで矢印の書いてある所でレジに並んでいると、横から中年の背の高い男性が割り込んできました。
そこに、店員さんが「順番は守ってください」と注意されました。
男性は、とても機嫌が悪そうに私の後ろに並びました。
私は、内心ドキドキしながら並んでおり、次がその男性の順番という所まで来た時に、店員さんが間違えて別の人を、レジに案内してしまいました。
私は、「やってしまったー。おっさん頼むから気づくな」と願ったが、時すでに遅しです。
男性は、激怒しました。
私自身は、これはコンビニエンスストア側のミスだし怒るのも仕方がないと感じていました。
しかし、そこに小学生くらいの女子生徒が「おじさん、そういう時誰だってあるよ」と一言言い放ち解決しました。
男性も一瞬にして黙りました。
このエピソードから言えることこそ、若い年代の最強さです。
仮に、男性と同じくらいの年齢の人が仲介に入っていったらどうなったでしょうか。
絶対に、きれいに収まらずに、さらに激化した可能性が否めません。
ようするに、小学生か中学生くらいの年齢だから、止めることができたのです。
これは、少し極端な例になってしまったが、私はこの時に中途半端な年齢に大きな可能性を見出しました。
私たちは、非力なようにも思えるがそうではありません。
大人にはできないことができるのです。
その中の一つが、この共感力です。
大人が言ったことよりも、高校生大学生が言ったことのほうが、周りは共感し響くのです。
大学の偉い教授が、防災を伝えるよりも、私たち大学生の方が受け手は、絶対に伝わりやすいのです。
防災オンラインイベントに参加する際のハードルも格段に低く、たくさんの人に伝えることができるのです。
加えて、大学生が防災オンラインイベントを実施しているところを大人が見ると、どう感じるだろうか。
きっと大学生が、こんなにも頑張っているのだから、自分も頑張らなければという相乗効果を生みます。
大学生が、動けば社会が動く。
私は、今回の防災オンラインイベントで、大学生が持っている無限の可能性を感じました。
また、若さのもう一つの武器である柔軟性も持っています。
アイデア力は、大人にも引けを取らないはずです。
この二つを兼ね備えれば、私たち大学生にしかできないことが、見えてくるのではないかと考えました。
この防災オンラインイベントでは、大学生の可能性について感じることができたと思っています。
しかし、同時に2つの欠点も見つかりました。
それは、今後の課題であり、是非とも改善していきたいです。
1つは、実際に現地に行くことの大切さです。
被災地の状況などはテレビのニュースや本、語り部さんから聞いた話などで知ります。
しかし、現実は全く違います。
教科書や本の情報、語り部さんのお話だけで理解した気になることに、今回の防災オンラインイベントを通して私は危機感を感じました。
もちろん、本を読んだり、語り部さんのお話聞いたりして勉強することは大切ですが、それだけでは圧倒的に足りないことに気がつきました。
実際に、現地に行き見て感じて話すことの重要性を改めて感じました。
また、実際にこれらの課題に直面している方々の話は、一つ一つの言葉の重みが全く違ったため、自分自身の原動力にもつながります。
コロナウイルスの影響で、今はオンラインが主流となっており、学校の授業でも現地に実際に行くことが極めて少なくなっています。
そのため、現地に行ったと仮定して、レポートや読書の授業が増えました。
しかし、それでは学びとしては、不十分であると思います。
また、防災オンラインイベントを行うにあたって私は受け身になっていることが多かったと感じました。
受け身になるのではなく、次は私たちがもっと主体となって動いていきたいと思いました。
従って、次回この防災オンラインイベントの機会があれば何について学びに行くのか、しっかりと焦点を絞って事前に知識をある程度蓄えた状態で行きたいです。
本で学んだことと実際に現地で学ぶことのバランスこそが、大切であると学びました。
もう一つの欠点は、大学生の未熟さです。
先述した通り、この未熟さがプラスに働くこともあるがマイナスに働くこともあります。
防災において、重要なことは「語り継ぐこと」だと考えています。
この防災オンラインイベントでも、私は防災を伝える上で、どうしたら伝わりやすいのか、心に残るのか、振り向いてくれるのかに着目していました。
防災を伝えること、語り継ぐことは、風化を防ぎ防災力を高めるものだと考えています。
しかし、本当に大学生が防災を語り継ぐことは可能なのだろうか。
阪神・淡路大震災から26年もたち語り継ぐ人も年々減少している状況が、続けばいつか途絶えてしまいます。
これを、くい止めるために私たちはいるのだと思っています。
だが、この使命はそう簡単ではありません。
なぜなら、理由は至って単純で私たちは、阪神・淡路大震災を経験していないからです。
これは、どう頑張っても変えることのできない事実です。
将来、もっと文明が進んでドラえもんが、出してくれるようなタイムマシンができない限り不可能なのです。
だから、私たちは今回少しでも阪神・淡路大震災を知ろうと神戸市の震災スポットを回り、人と防災未来センターに訪れました。
きっと、普通の大学生よりは防災の知識が富むことができたと思います。
しかし、だからといって私たちは語り継ぐことができるほどのレベルにいるのだろうか。
私は、到底敵わないと思います。
これからもっと、防災について勉強したとする、それでも阪神・淡路大震災を経験した人には及ばないと思っています。
たしかに、もっと勉強すれば防災の専門家になることはできるだろう。
だが、絶対に語り部さんのようには、なれません。
要するに、私が言いたいのは経験していない人では、その災害を本当の意味で語り継ぐことは不可能だということです。
いくら勉強しても経験してない私たちでは伝えられるのは、語り継ぐという形ではなく防災の知識としてでしか伝えられないと考えています。
言葉で伝えても伝わったのは言葉だけなのです。
その時の、言葉で表すことのできない衝撃や迫力、悲しみ、不安、その場の空気は伝えることはできません。
言葉でしか表すことができないから伝える手段がないのです。
では、私たちはどうすればいいのだろうか。
私たちにしかできないことはなんだろうか。
本当の意味で語り継ぐことはできない。これは、仕方のない事実です。
私は別にそれでも良いと思います。
それに、言葉移しの語り継ぎは、まったく意味のないものでもありませんが、やはり徐々に薄れていきます。
だからこそ、私たちはボランティアで学んだこと、今までいろんな人たちから聞いた話、ボランティアでの活動、様々な人との交流、これらをミックスして話す必要があると思います。
たしかに経験している人の話は説得力もあるし、とても良い勉強にもなります。
だが、経験している人の話の視点は自分自身一人だけです。
それに比べて私たちは、たくさんの人の視点から語れることができます。
これが、私たちの一番の強みです。経験している人の「語り継ぐ」と同等か、それ以上のものを伝えることができます。これが、私たち大学生流の防災を伝えることだと考えています。そして、これこそが大学生の私たちにしかできないことだと分かりました。
私は、この防災オンラインイベントで司会を務めさせてもらいました。
そこでも、人に伝えることの難しさを痛感しました。
防災オンラインイベントに対する自分自身の一番の反省点は、この司会の仕事です。
司会の仕事は、プログラムの進行とプログラムを引き立てることが大きな仕事です。
私は、この進行にばかり気をとられて、プログラムを引き立てることができませんでした。
気をとられてたとい言うよりは、進行に手が一杯だったのです。
そもそも、今まで私はあまり司会という仕事をしたことがなく、今回本格的にするのは初めてでした。
だからこそ、収穫も大きかったです。
司会の仕事をして、気がついたことは、聴衆の矢印の方向です。
詳しく説明すると、普通の発表であれば自分の話を聞いて欲しいので惹きつけるのは、もちろん自分自身です。
そのため、話し方も自分の話に興味を持ってもらえるように一生懸命に話します。
しかし、司会であれば発表するのは自分ではありません。
司会は、聴衆を発表者に惹きつけつつ発表者を引き立てなければならないのです。
つまり、聴衆の矢印の方向が全く違うのです。
これが、口では簡単そうに思えても、想像以上に難しかったです。
私は、防災オンラインイベントでこのことに気がつく事ができたのが大きな収穫です。
この防災オンラインイベントは、私にとって新たな試みばかりで、良い刺激をたくさんもらえました。
この活動を通して学んだことをどう活かすかが、私の今の一番の課題です。