ヤマケイ社員による「山小屋の思い出vol.7」を紹介します!
vol. 24 2020-06-30 0
小社社員はさまざまなかたちで山小屋でお世話になっています。そんな社員による、山小屋での思い出話をご紹介します。
第7回目は、社歴25年、山岳図書出版部 吉野徳生がお届けします!
どうぞお付き合いください。
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南アルプス奥深く、名物小屋番の逞しさに触れる
山岳図書出版部の吉野と申します。山と溪谷社に入社して早四半世紀、社内の編集部署を渡り歩いてきました。登山を始めたのは高校時代。そこまでの人生で山にはまったく縁がなかったのですが、15歳の私は何を思ったのか、山岳部に入部したことがきっかけで、今ここに至ります。
それはさておき、私が最初に泊まった山小屋は、山と溪谷編集部に異動した2002年の夏、初の山取材で訪れた南アルプスの北岳山荘です。それまで私にとっての山はすべてテントを担いで登るものか、リフトで登って滑り降りてくる冬山(別名レジャースキー)でしたから、3000mに近い稜線上で茶碗でご飯が食べられ、布団で手足を伸ばして寝られるという体験はちょっとした感動でした。その後も北岳には取材で、プライベートで何度となく登り、北岳周辺の山小屋にはすべて宿泊しています。
取材で初めて泊まった北岳山荘。標高2900mの稜線上、赤い屋根が目印
なかでも印象的だったのは、06年の秋に取材で訪れた両俣小屋です。両俣小屋へは広河原から北沢峠行きのバスに乗るのですが、バスの本数が限られる上、途中下車する野呂川出合バス停からは北岳をぐるり周り込んで流れる野呂川に沿って2時間以上、林道を歩かねばたどり着けません。広河原のインフォメーションセンター前で次のバスまでの待ち時間、長い林道歩きを憂鬱に想像していたところ、林道ゲートを潜ってきた軽自動車の運転手がなんと両俣小屋の小屋番・星美知子さんだったのでした。挨拶もそこそこに同乗させてもらい、色づき始めた山肌を車窓から眺めながら両俣小屋へと向かいました。
南アルプス林道のバス停から両俣小屋までは2時間20分のコースタイム
野呂川のどん詰まりに建つこぢんまりとした山小屋。釣りでの宿泊客も多い
野呂川源流の最奥にひっそりと建つ両俣小屋は、星さんが25年以上(当時)にわたって守り続けてきた場所です。深い谷間にあるため、今でも携帯電話の電波が届かず、山上の北岳山荘との無線が唯一の連絡手段です。その日の宿泊客は、我々3人以外は両俣小屋のファンだという男性1人のみでした。夕食に手作りの料理をいただきながら、星さんを交えて昔話を聞き、ラジオの気象通報で欠かさず取るという手描きの天気図で予報を解説してもらいました。星さんに、こんな山奥にずっと独りで心細くはないかと聞いたところ、「私は独り遊びが得意だから」とのご返事でした。
今も小屋を切り盛りする南アルプスの名物小屋番、星美知子さん(右、当時)
穏やかで静かな夜を過ごした翌日は、北岳の西面、左俣沢ルートから山頂をめざす予定でした。ですが、朝からすっきりしない空に、星さんは、「左俣は増水したら危険、やめたほうがいい。広河原まで戻って登るほうが安全」と……。内心は「小雨なのに、ここまで来といて戻んの? Σ(゚д゚lll)」という思いが強かったのですが、野呂川沿いの林道を(今度は)延々と歩いて戻り、白根御池小屋をめざして樹林帯を登るころには、登山道が小川になるほどの土砂降りとなりました。助言にしたがって正解だったと思いました。
秋晴れとなった3日目、3193mの頂から1200m下の深い谷に視線を移し、星さんに感謝の気持ちを気象通報の電波に乗せて送りました。ちなみに左俣沢は今は道が荒れて通行止め。また、星さんと両俣小屋については、彼女の2冊の著書『41人の嵐』『両俣龍胆の記』(筆名=桂木優)や、小社から刊行された樋口明雄さんの『北岳山小屋物語』にも詳しいです。星さんが我々を引き止めてくれた理由がよくわかると思います。下界の施設並みのサービスが提供される山小屋で快適に過ごすのも楽しいものですが、不便さのなかにあってこそ山小屋の頼もしさが感じられた思い出深い体験でした。
今シーズンの南アルプスは、林道の崩壊、バスの運行中止、山小屋の営業中止でかなり入山が困難。近年、北部を中心に賑わいを見せていた南アルプスも今夏は静かな山となりそうです。両俣小屋も昨秋の台風で施設の一部が被害を受けており、営業ができない状況ですが、再訪できることを願っています。
山岳図書出版部 吉野徳生
1995年に中途入社。25年の間、『skier』『SNOWBOARD』『山と溪谷』『ワンダーフォーゲル』と雑誌編集部に長らく在籍の後に現職。写真は2年前の北岳山頂にて。
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また、山小屋の思い出を紹介していきます。
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