新聞に素晴らしい劇評掲載されました!
vol. 34 2025-11-29 0
『平和』ベトナム公演の劇評が、ベトナムで非常に有名かつ長い歴史を持つ『人民新聞(Báo Nhân Dân)』に掲載されました。作品への深い理解に基づく、大変好意的な記事になっています。嬉しいです。是非、ご覧ください!!
https://nld.com.vn/vo-hoa-binh-va-cach-ke-chuyen-r...
以下、日本語翻訳------------------------
『平和』 — 日本の劇団 UzumeTheatreが見せた、非常に独特な語りの手法
2025年11月25日夜、ベトナム・ニンビンのファム・ティ・チャン劇場にて、UzumeTheatre(日本)の演劇作品 Peace(『平和』)が上演され、第6回国際実験演劇フェスティバル 2025 で観客の心に強い余韻を残しました。この作品は、戦争や平和、人間の運命──時代を超えて古くならないテーマを扱った、深い思索の場を開く舞台でした。
※上演日は11月26日の誤り
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UzumeTheatreと古典『平和』:人類の願いの旅
この舞台は、古代ギリシャの喜劇作家 Aristophanes(アリストファネス)の代表作『平和』を、ドイツ人演出家 Peter Goessner の演出によって蘇らせたものです。原作は強い反戦の精神を持つ古代喜劇ですが、UzumeTheatreのアプローチではユーモアは“表層”に過ぎず、その下には人類の静かな悲劇が流れていました。
物語は、農民のトリュガイオス を中心に展開します。トリュガイオスは、平凡な人間ながら壮大な願いを持つ “民衆の声” の代表として描かれています。戦争が長引き、誰もそのきっかけを覚えていないほどに混乱が続く中、彼は平和の女神を救うため、神話の象徴であるスカラベに乗ってオリンポスの頂きを目指します。だが、皮肉にも──平和の解放を望む者ばかりではなく、戦争で利益を得る者、変化を恐れる者、混乱に慣れきってしまった者もいて、必ずしもみなが平和を歓迎するわけではない、という現実が浮かび上がります。そこに現代の悲劇性が重なるのです。
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UzumeTheatreの “東西融合” の演出スタイル
UzumeTheatreは1996年、北九州で結成された、日本では数少ない実験演劇団体のひとつです。2000年には全国演出コンクール「第一回利賀演出家コンクール」で優勝し、東京の劇場スペース「せんがわ劇場」を構える(※正確にはゲスナーが芸術監督に就任)など、国際的な舞台にも名を連ねてきました。今や、単なる “招聘団体” ではなく、世界の実験舞台地図において、自らの声を持つ創造的存在として認識されています。
『Peace』における最大の特徴は、ヨーロッパの古典演劇の思想と、日本の演劇的感性の融合にあります。ドイツ的な古典演劇理論を背景に持つ Goessner 演出は、過剰な舞台装置や現代的技術を用いることなく、日本の演劇が得意とする“間”や“身体表現”を活かし、静かな想像空間を創造しました。役者の身体、言葉のリズム、豊かな表現動作によって、“抽象かつ身体的な”世界が立ち上げられていたのです。
たとえば、原作に登場する象徴的なスカラベ(フンコロガシ)は、ただの滑稽な道具ではなく、人間の思考の呪縛からの解放──“低俗” “不合理” と見なされがちなものを乗り越えようとする意思のメタファーとして提示されていました。
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世代を超えた俳優たちの共演 — 過去と未来、伝統と革新の接点
この作品のもうひとつの見どころは、多世代の俳優が共演していたことです。全国的な賞を受賞したベテランから、Goessner が師事する若手まで、伝統と新しさ、経験と可能性──それぞれの重みをもつ俳優の表現が交錯し、舞台は“時間”そのものの重層性を帯びていました。まさに過去と現在、未来をつなぐ “橋” のような舞台。
また、歴史と文化の深みを持つニンビンという土地でこの作品が上演されたことも、非常に意義深いと評価されていました。土地の持つ記憶と、作品が問いかける普遍的なテーマ──それらが重なったことで、より深いメッセージが観客に届いたようです。
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今という時代に問うメッセージ — “平和” を抱きしめるということ
今日も世界には紛争、暴力、不安定さが存在します。その中で、この舞台『Peace』は、「平和は当然のものではなく、利己や恐怖、慣習を乗り越える勇気があってこそ成立するもの」という、根源的な問いかけを、観客に静かに、しかし強く投げかけました。
この作品は、直接的に叫ぶのではなく、“静かに思索を促す”という方法を選びました。そしてそれが、演劇を越えて、鑑賞者ひとりひとりの内側で“対話”を生み出す場となったのです。平和の価値を、観る者自身の愛をもって抱きしめてもらいたい――その願いが、舞台を「ただの上演」から「精神的体験」へと変えたのでしょう。
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