シュークリーム代表・吉田朗が語る、クラファンを立ち上げた理由
vol. 7 2024-12-20 0
シュークリームは1989年、現社長の萬が少女漫画誌を編集する会社として作った会社です。当時はヤングレディースと呼ばれる20~30代女性に向けた女性漫画誌が生まれ始めた頃で、萬が少女漫画誌とほぼ同時に立ち上げた『フィール・ヤング』は、誌名に「ヤング」が付く3誌目の漫画誌でした。
男性編集者中心だった「女性漫画界」で異色だったフィール・ヤング
当時の少女&女性漫画界といえば編集長は全員男性、編集部員も男性が多い完全な男性社会。なかには女性作家に「女の子はこんな風に考えないから直して」と言う男性編集すらいた時代です。真顔で「女にも性欲ってあるの?」ときく男性編集者が納得する作品を描かなければ雑誌に載らない、そんな現状に不満を持つ女性漫画家に自由に描く場所を提供したのが『フィール・ヤング』だったのだと思います。
女性作家たちが素晴らしい作品を描いてくれて、それを多くの女性読者が支持してくれた。やがて電子時代になって小資本でも出版が可能になり、BL好きなスタッフがBLを始めて今のシュークリームがあります。今年2024年には自社発の女性漫画レーベル「OUR FEEL」も立ち上がりました。ジェンダーに縛られず、自分の思いをそのまま描いてもらう姿勢は引き継がれていると思います。
私は姉の影響で小学校からずっと少女漫画を愛読していたので、萬(妻)が少女漫画を編集する会社を作るときいた時には即行で「手伝わせてくれ」とお願いしました。フィーヤンでは桜沢エリカさんの『メイキン・ハッピィ』に始まり、内田春菊さん『目を閉じて抱いて』、岡崎京子さん『ヘルタースケルター』、安野モヨコさん『ハッピー・マニア』。南Q太さん『さよならみどりちゃん』、おかざき真里さん『サプリ』等を担当、個性溢れる女性作家たちとの仕事は、それまで経験したどの仕事より自由で楽しく充実したものでした。
こんな漫画が日本にあったか
さて『今日が人生最後の日』です。
この本に出会ったのは2013年11月、ベルリンの漫画書店でした。クロイツベルグにあった「ModeRn GRAPHICS」は店の雰囲気も品揃えも他の書店とはちょっと違っていて「ドイツで人気ある女性漫画を教えてほしい」と頼んだ私に髭面の元ヒッピー風店主は次々と女性漫画作品を紹介してくれました。漫画不毛の地と思っていたドイツ※註1 にたくさんの女性漫画家が生まれていることに驚き、片っ端から表紙を撮影していると、彼が「これを読め」と赤い表紙のウリの本を両手でこちらに押し出します。「これはすごいんだ」と。「ドイツ語読めないから」と断ると、一度姿を消してまた戻り「ほら、英語版もある。これを読め」とさらに熱く薦めてくる。そこまで言うならと購入しました。
買ったはいいが分厚い460ページ、絵柄も独特、帰国しても読む機会はありませんでした。読んだのは3年後に短期語学留学でセブ島に行った時です。英語の漫画を読む対面授業を提案し、その教材の1冊にウリの本を選んだのですが、読み始めると途中から先生と2人で興奮してしまい、言葉を失って顔を見合わせたり「ええっ!」と叫んだりしながら一気に460ページを読んでしまいました。実体験が持つパワーに2人とも圧倒され、「この人は命より自由が大切なのか」とあきれ半分、でもそれ以上の感動、そして無事に旅が終わった安堵感。こんな漫画が日本にあったか、少なくとも私は読んだことはない。読後は本気でそう思いました。いったいどんな人なんだろう。作家への興味も募りました。
そしてまた3年後。私はベルリンでウリに会うのです。その年2019年はロンドン大英博物館でMANGA展が催され、展示を担当したキュレーター女性を紹介してもらえたのでロンドンに行くことにしました。ちょうど漫画家の南Q太さんがベルリンに移住していたので、ロンドンに行く前に彼女を訪ねることにし、「ベルリンならウリが住んでいるはず。この機会に会えないだろうか」とダメもとでメールしてみました。
「日本の漫画編集者で○月×日にベルリンに行きます。会えませんか」「次の日にハンブルグに行くので到着日なら」「残念、到着は夜遅いんです」「翌日も午前中なら会えますよ」「ぜひぜひ!」。指定されたカフェにパートナー男性と現れたウリは眼鏡をかけ、表情が大きな魅力的な女性でした。持参した川島小鳥の写真集『未来ちゃん』をプレゼントするとパラパラめくり「このカメラマンと被写体の子は親戚?かなり親しい関係じゃないとこの表情は撮れないでしょう?」ときいてきます。ちょっと見ただけで出た鋭いコメント。あの命知らずのパンク少女は、知性と感性あふれる落ち着いた大人の女性になっていました。
欧米に漫画家という「職業」は存在しない
ハンブルグに通っているのは絵や漫画を教えて報酬を得るためときき、改めて世界の漫画家が漫画だけでは暮らせないことを思い出しました。欧米ではそもそも漫画家という「職業」は存在しないに等しいです。連載できる雑誌がないから原稿料というものがないし、本も2000部以上売れることはめったにありません。執筆に1年かけて得るお金が印税50万円だけでは生活できませんよね。それでもウリは作品を描いた。それも460ページという大作を。ウリだけではありません、たくさんの女性漫画家が他の仕事で収入を得ながら漫画を描いています。ウリと話しながら、彼女のような世界の女性漫画家の作品を日本語で読めたら、作家も読者もちょっと幸せになれるなぁという思いが込み上げてきました。
どこも出さないなら、自社で出してみる
「今日が人生最後の日」は世界中で賞を取ったヨーロッパ女性漫画の古典であり、なぜ日本で邦訳が出ないのか不思議で、海外漫画を多く出版している会社の編集者に次はウリを出してほしいとお願いしたことがあります。「ウリの作品は社会問題を考える社風に合わないし、性描写があるから難しい。私は出したいけど会議を通らない」という答えでした。彼女の会社はダメでもどこかが出してくれるんじゃないか。期待は消えませんでしたが、いつまでたっても邦訳が出る気配はなく、その間に弊社はBLの自社出版を始めることになりました。1年たってBL出版が軌道に乗り始めた頃、どこも出さないなら思い切って自社で出してみるのはどうだろうと思い始めます。
面白い作品は国を問わない、読者は確実にいる
まず社内スタッフに英語版を読んでもらいました。すると「生々しい痛みと若い強烈なエネルギーに圧倒された!」とか「学生時代に読んでいたフィーヤン(安野さんや魚喃キリコさん)を彷彿とさせるパワーのある作品ですごく面白かった」と予想以上に好評で、「面白い作品は国を問わない、読者は確実にいる」と勇気づけられました。
問題はどうやって出すか、です。これまで海外漫画を出版した会社のほとんどが事業から撤退しています。赤字では事業は続きません。高価になりがちな海外漫画の採算をどう合わせるか、あれこれ考えた結論が、一般漫画のように取次経由で書店に並べるのではなく、クラファンで読者を集めることでした。
クラファンの場には「面白い本」を買う読者だけでなく、自分の人生を豊かにする「自分への投資」と考えて本を買う読者がいると思ったのです。アメリカやヨーロッパ、さらに韓国台湾などアジアでも続々と生まれている「等身大で正直に語られる新しい女性漫画」を読むことは、大げさに言えば人生の転機にもなり得る、そして「これだけは描きたい」という熱意で漫画を描いている世界の女性漫画家と出会える、そんな風に考えてくれる読者は必ずいると信じてこのプロジェクトを始めました。
始めてみると苦労の連続。試訳本を読んでもらうと読んだ人には大好評なのですが、その感動を多くの人に伝えるのがとても難しい。残りあと1ヶ月半でまだ目標の10%です。なんとか黒字化させて、世界中の「刺激と勇気をくれる女性漫画」を日本語で出版していく道をつけたいと願っています。皆さまのお力をお借りできたら幸甚の至りです。
吉田朗
※註1:1991年にドイツで発行された漫画は全部で607冊という統計がある。しかもほとんどは輸入作でドイツ人漫画家は18%。もちろん全員男性。