『今日が人生最後の日』の翻訳者、鵜田良江さんからメッセージが到着!
vol. 1 2024-11-15 0
スタートダッシュからご支援頂いた皆様、本当にありがとうございます。
『今日が人生最後の日』の翻訳を担当頂く、鵜田良江さんからメッセージが到着しました!
みなさま、はじめまして。このたび『今日が人生最後の日』の翻訳をさせていただくことになりました鵜田良江と申します。これまでに20冊以上の小説やコミックスを訳してきました。今回、ドイツ語圏を代表する女性作家の代表作を翻訳できることになり、大変うれしく思っています。
ウリ・ルストは以前から好きな作家でした。初めて読んだのは“Flughunde(こうもり)”(Suhrkamp、2013)。ナチス政権時代が舞台の小説『夜に甦る声』(マルセル・バイアー、長沢崇雄訳、三修社、1997)のコミカライズです。ナチ党支持者の熱狂から、静かな空間でくりひろげられる狂気まで、描き出せる感情の幅がとても広い作家だと感じました。
さらに、『今日が人生最後の日』(原書はavantから2009年に刊行)、その後日譚にあたる“Wie ich versuchte, ein guter Mensch zu sein(どんなふうにわたしがいい人間であろうとしたか)”(Suhrkamp、2017)と読み進めるうちに、これほどの試練、そして喜びを経験したからこそあれほどの感情を描けたのだと納得しました。加えて、卓越したユーモアのセンスと、それを作品に昇華できる確かな技術。
ウリ・ルストはオーストリア出身ですが、ベルリンでアートを学び、作品を描いてきました。ベルリンは、ドイツ帝国、ワイマール共和国、ナチス政権、第二次世界大戦、東西分割、再統一と、激動の時代の生き証人のような街です。この街は、ハインリッヒ・ツィレ(Heinrich Zille、1858-1929)やケーテ・コルヴィッツ(Käthe Kollwitz、1867-1945)、e. o. プラウエンことエーリッヒ・オーザー(Erich Ohser、1903-1944)をはじめとする大勢の芸術家を輩出してきました。わたしが個人的に大好きな上の3人のアーティスト(ぜひググってみてください!)は、優しいラインや力強いタッチで抑圧下の人々を描き、弾圧されてもなおユーモアをもって作品を送り出していました。ウリ・ルストもまた、そのような流れのなかにある芸術家のひとりに違いありません。
『今日が人生最後の日』でも、これ以上ない深刻な事態にあって、そこで……? という場面でくりだされるユーモア。不覚にも笑ってしまったあとで、そう、こういうときにはそうやって感情をいなす以外に生き延びる術はないんだよね、と泣きそうになりました。売春婦にはならない、麻薬もいやだ! とひとりで抵抗した17歳のウリ、よくがんばったね、と抱きしめたくなります。本書に登場する一人旅の男性の気楽さに比べて、女の子となると「いや」と断るためだけに果てしなく戦わなければならない――そんな理不尽な体験を、こんなにも勇気を与えてくれる形でシェアしてくれたウリ・ルストには、感謝しかありません。
わたしはウリ・ルストと同じく、東西冷戦の緊張が走る1980年代に10代を過ごしました。ウリほどの大冒険ではありませんが、自分なりに父権的な社会と闘っていた17歳のころを思いだしながら訳を進めています。それにしても、あの80年代、自由を求める多くの人々の命を奪った権力者と、そんな体制などぶちこわしてしまえと訴えていたパンクスと、どちらが「まとも」だったのでしょう。そんなことも考えさせられながら。
すでに一次訳は終わり、推敲に入りました。日本の漫画を長年手がけてきたシュークリームが、どんな日本語版を仕上げていくのか、わくわくしながら作業を進めています。みなさんもぜひこのチャレンジの仲間になってください。よろしくお願いいたします!
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訳者プロフィール
鵜田良江(うだよしえ)
ドイツ語英語翻訳者。1970年宮崎生まれ、福岡育ち。九州大学大学院農学研究科修士課程修了。元化粧品開発技術者。訳書に『少女が見た1945年のベルリン』『ベルリン 1928-1933―黄金の20年代からナチス政権の誕生まで』『第三帝国のバンカー ヤルマル・シャハト―ヒトラーに政権を握らせた金融の魔術師』(いずれもパンローリング)ほか多数。