恨(ハン)を超えて-朴壽南
vol. 10 2016-11-12 0
◉この度は、様々な形で監督朴壽南(パク・スナム)新作、映画『沈黙』をご支援いただき誠にありがとうございます。皆様のお力添えにより、残り7日間で目標達成率も90%に近くなって参りました!
毎日寄せて頂く応援メッセージ一つひとつ、皆様のお住まいの地域に色々な思いを馳せながら、感謝の思いを深くしています。
今回は、映画をより深く理解していただくために、映像ではなかなか伝えきれない、資料の一部を紹介します。
◉映画『沈黙』は1994年、日本政府による公式謝罪と個人補償を求め、命がけで来日した<韓国従軍慰安婦被害者の会>のハルモニたちの闘いに密着した記録を紡いでいます。
被害者たちを支援するため結成された<ハルモニたちを支える会>は、ニュースとパンレットを発行し、全国の会員に届けてきました。資料には当時の緊張した被害者たちの闘いと状況を克明に記録しています。
恨(ハン)を超えて-朴壽南 1994年7月
去る6月3日、11日間の日本滞在を終えて帰るハルモニたち、韓国の「現生存者強制軍隊慰安婦被害者協議会」(後日「韓国従軍慰安婦被害者の会」と改称)一行は晴れ晴れとした笑顔で、この間寝食をともにしてきた私たちとの別れを惜しんだ。ハルモニたちは来日当初、「謝罪と正当な補償を要求する直接交渉に日本政府が応じない限り生きては帰らない」覚悟で、自決用の懐刀をしのばせていた。空港に出迎えに出た私たちに衝撃を与えた、あの恨<ハン>で凍りついた能面のようだった表情が生き生きと輝いている。
戦後半世紀「従軍慰安婦」は「戦場の売春婦」にデッチ上げられてきた。「汚れた恥ずべき者たち」として沈黙を強いてきたのは「一億総懺悔」ならぬ「一億戦場の売春婦幻想」てある。国家による性犯罪を免罪させてきたこの共同幻想を根底から打ち破ることなしに元「従軍慰安婦」への謝罪と国家補償を要求する論理は生まれてこなかったのである。
この度来日したハルモニたちはこの数年、ようやく沈黙を破って謝罪と補償を要求する運動の先頭に立って活躍してきた。彼女たちは昨年11月、これまで「依存してきた」運動体から自立、自らが主体となるべく被害者自身の組織を結成した。突然の来日のきっかけとなったのか一連の永野法相(当時)発言であった。法相の罷免でカタがつく問題ではないこと、さらにはこの間、謝罪を繰り返すばかりの日本政府への不信が爆発したのである。
この間政府交渉や街頭アピール活動などを展開したが、ハルモニたちは行く先々で官憲による威嚇と暴力にさらされてゆく。ひとりは1カ月の重傷を負わされた。これらの経験を通してハルモニたちは日本政府の正体を見破っていく。その一方で、闘いへの支援が広がり、さまざまな市民との出会いの中でハルモニたちは生きて闘う希望を見出していく。
ついにハルモニたちは自決用の懐刀を投げ捨て、生きて闘い続けることを宣言。特に圧巻であったのは、チャングやケェンガリを打ち鳴らしながら銀座から日比谷までの示威行進を歩き通し、「私たちは勝った。万歳!」と輪になって踊りたした光景である。四面楚歌のハルモニたちの「独立運動」は日本国家の不条理を撃つ闘いである一方、ハルモニたちの「独立」を否認して「連帯」を拒否した韓国と日本の戦後補償の運動の質を問う闘いでもあった。
掲載「生きてたたかうーハルモニたちの11日間」(1994年7月発行)
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◉映画『沈黙』を深く理解し鑑賞して頂くために、被害者たちの証言、写真、声明文、<支える会ニュース>など貴重な資料をまとめ、パンフレットを作成したいと思っています。
クラウドファンディングはあと7日となりました。引き続き応援をお願いします。
アリランのうた製作委員会・朴麻衣