最後に、映画『サクリファイス』を応援してくださった全ての皆様へ
vol. 10 2020-12-29 0
ご無沙汰しております、監督の壷井濯です。
大変お待たせしてしまい申し訳ありません、先日、クラウドファンディングにご協力くださった皆様の中で「DVDまたはBD-Rの進呈」がリターンに含まれる方々へ商品(という言葉は何だかしっくりきませんね)を発送させて頂きました。これで全てのリターンを送り終えたことになります。ご自身のコースをご確認頂き、万一まだ届いてないものなどございましたら、お手数ですが本サイトのメールフォーム又は公式ツイッター(@sacrifice_2020)DMまでご連絡頂けますと幸いです。
※「DVDまたはBD-R」に関しましては、地域によって到着時期が多少前後する場合がございますので、恐れ入りますが今月中に届かなかった場合にのみお問い合わせください。
けれども、本当の「リターン」は物に還元することなどやはりできません。これからも歩みをとめず物語を紡ぎ続け、その中に込めることによってのみお返ししていかなくてはと思っております。
三年前の今日、僕らは山の上の廃墟で震えながら撮影をしておりました(明日も)。未来のことなど何も分からず、ただ目の前に次々と立ちはだかる困難を乗り越えることで精一杯でした。でも「なぜ」「なぜ!」と自らに問い続けながらも、途中で投げ出すことだけはせず、闇の中赤子のような不器用な一歩を積み重ねた先に皆様と出会えたこの今があること、心の底から嬉しく、そして誇りに思います。いつか、あなたたちに会いたかった。あなたが居てくれたからここまで来れた。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭、東京国際映画際、東京・アップリンク吉祥寺、愛知・名古屋シネマテーク、神奈川・横浜シネマリン、アメリカ・JAPANCUTS、京都・出町座、大阪・シネ・ヌーヴォ、オーストリア・JAPANNUAL、長野・松本シネマセレクト、兵庫・神戸映画資料館、石川・金沢シネモンド、広島・横川シネマ。
コロナと並走するかたちではありましたが、本当にたくさんの場所で上映して頂き、その場所ごとに忘れがたい思い出があります。
ただ、こんなことを僕が言ってはいけないのかもしれませんが、決して多くの人に観て頂けた作品ではありませんでした。キャスト・スタッフの皆様、応援してくださった皆様、そして何より(この大変な状況の中)小さな物語を光らせるための場所をくださった劇場の皆様に本当に申し訳ない気持ちで一杯です。言葉と想いだけが空回り&一人歩きしてしまい、映画監督としての未熟さを痛感し続ける一年−−いや三年間でもありました。
毎朝起きてツイートの宣伝文を打つたびに「もう黙れ」と何度も自分の中で声がしました。「みっともないだけだ」と。或いはそれは自分の中だけでなく、色んな方々から実際に発せられていた声だったかもしれません。関係者の方々は何度も(多分今も)ヒヤヒヤさせられたことでしょう。ごめんなさい。
でも、黙るわけにはいかなかった。映画はそこに映ったものが全て、生意気ですがそんなことは小学生の頃から知っています。
だけど本当に?
時代は常に移り変わって、映画は「今ここ」を映し出すものなのに、それは少しも変わらないのですか?
本当に、作り手の人格や行いと「作品」は切り離して考えるべきですか?
全ての物語は個人の心から生まれ、また個人の心へと収斂されて行くのに?
僕は、僕が黙ったら、もうこの辺でいいだろうと撤退したら、がっかりしてしまうであろう何人かの方々の顔がいつも思い浮かびます。それは、別にがっかりしない(というかどうでもいいと考える)方々の人数より圧倒的に少ないでしょう。世界は僕にも、僕(ら)の紡いだ物語にも興味などないのだから。でも、僕が物語を紡ぐ上で唯一絶対に揺るがないと自信を持って言えることは、いつだって多いより少ない、大きいより小さい、強いより弱いもののためにそれはあるのだということです。その信念を嗤うことなど誰にもできない筈です。
嗤わないでいてくれたのが、今これを、ここまで、読んでくれたあなただったのです。
届いていますか。あなたに聞いて欲しくて、一目観て欲しくて、僕は叫び続けた。
届け方まで含め『サクリファイス』でした。少なくとも本作に於いては。
旅はおわります。これからもこの物語を誰より僕が一番大切にし続けるために、折に触れて何度でもスクリーンで上映させて頂くために、一区切りとさせてください。
来年1月3日(日)、5日(火)、7日(木)、東京・アップリンク渋谷「見逃した映画特集 2020」で三日間だけ公開されます。
劇場公開始まりの地、アップリンクさんで上映させて頂くことへの思いはこちらに書きました。
https://recolte2017diary.tumblr.com/post/637225468...
円環を閉じて終わるのか、裂け目を見つけて脱出するのか、よかったら見届けに来てください。でも、コロナだから、どうか無理はなさらず、遠くからでも見守っていてくれたらそれは幸せです。
万一脱出できたとしても、どうせ景色はあまり変わらないのでしょう。でも、そこに一輪だけ、今まではなかった馬酔木の花がそっと咲いていることを夢見るのです。
どうかお体にお気をつけて。
2020年12月29日 壷井濯
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