母の死
vol. 4 2014-04-09 0
それから母がなくなりました。
60歳でした。
これからという時に。
母のお墓は、生まれ故郷である椿の奇麗な五島列島にあります。
私の下に妹が二人います。
二番目は二胡演奏家。
三番目は、障害手帳を持った画を描くのが大好きな天使です。
母は、父とは別居状態で、ずっと天使と一緒でした。
母のお通やに、母の親友がたった一人だけ訪ねて来てくれました。
どこにも遊びに行かない母でしたが、せっかく還暦になったのだから
と、一緒に大阪のホテルに泊まろうとチケットを買っていたのだそうです。
せっかくだから、三姉妹でいってらっしゃいと、そのチケットを譲ってもらいました。
私たちは、見えない母を連れて、4人で、そのホテルへ泊まりに行きました。
その時でした。
沢山のメールがきて、「大丈夫か!!」と。
それが3月11日です。
ですから、私は震災の日を忘れません。
形は違うけれど、愛する家族を失った気持ちは同じだと。
その時の自分の悲しみ、そして自分の心を救ってくれた周りの人の言葉や行動、忘れません。
また、私と同じ悲しみを持つ人を見かけたら、私が救われた言葉をかけてその人の心を癒したい。
そう思いました。
五島列島の近くにある軍艦島です。
たった数十年、人が住んでないだけで、こんな骨のような島になってしまうのです。
人が生きてるってすごい事なんだ。
そこに生きてるだけで、そこの土地を生かしてる事になるわけで、
洋服だって楽器だって、ほっとくと風化してしまうって言うように、
みんな生かし合ってる。
この島を見た時に、先祖の事を強く思いました。
自分がここに生きているのは、先祖が生きていたからであり、
自分の心の中にはずっと生き続けてくれているんだと。
軍艦島は骨になっても観光客が訪れる美しい場所。
それは輝いていたから。
美しい骨になるために、今を生きて、生かして輝かなくては!