被害者も加害者も、創作によって再生してゆける──櫻井 幸絵さんの応援コメントより
vol. 36 2025-05-16 0
「第3回刑務所アート展」クラウドファンディングへ、劇作家・演出家・俳優の櫻井 幸絵さんから応援コメントをいただきました。
櫻井 幸絵 劇作家・演出家・俳優
<プロフィール>
劇作家・演出家・俳優/劇団千年王國代表
1999年に劇団「千年王國」を旗揚げ。出産を機に、障害のある子どもたちとも観劇を楽しめる「リラックスパフォーマンス」形式のこどもオペラを企画・上演。近年では、LGBTQ当事者の恋愛の障壁を描いたロックミュージカル『ロミオとジュリエット』を上演。アーティストによるお悩み相談窓口「吐き出し喫茶」を運営し、表現とケアの架け橋を探っている。
<応援コメント>
私の従兄弟、橋口聖司さんは 1995 年に殺人事件の被害者となりました。
従兄弟という離れた立場ですが、もう二度と光が差す事はないのではないかと思うほど、大きな暗闇が穿つ叔母さん夫婦の家庭を訪れるたび、「死んで当然」と被害者にも向けられる心ない言葉に出会うたび、事件に触れること自体をとても難しく感じていました。
加害者の陸田真志さんも 2008 年に死刑が執行されています。
2022 年、加藤智大さんの死刑執行が報じられた際に「死刑囚の最後の言葉」がニュースと共に流れてきたことで、思いがけず陸田さんが生前、哲学者の池田晶子さんと獄中で文通をしており、その往復書簡が書籍として出版されていたことを知りました。
「善として生きる」という書簡の中の陸田さんの言葉は、穿たれた漆黒に灯るちいさな星あかりのように私たちの心に届きました。怪物であったはずの人から零れた、聖人の言葉でした。
正直な気持ちですが、死刑が執行された事でようやく叔母さんたちの魂が救われたとの思いもあります。同時に、私たちもまた同じく陸田さんの命を奪ったのだという自責の念もあり、死刑反対の方々にお会いすると息ができなくもなりました。
赦しを乞うように仏教書を掴み、慈悲の章を声に出して読みあげながら、死刑制度は廃止すべきだと言えない私も、また何かの人間性が死んだままなのだと知りました。
先日、刑務所アートの活動を拝見した後、いてもたってもいられず、俳優の友人に頼み池田さんと陸田さんの対談集を底本としたリーディング公演を企画しました。いつかと思いながら、恐れ、触れる事を拒んでいた対談集ですが、「一緒に読みましょう」という友の存在が勇気になりました。どんな風に苦しんで、どんな風に生き、どんな灯火をその胸に灯したのか。同じく事件に傷ついた友として、愚かで愛しく愉しみに笑う同じ人間として、陸田さんと話をしてみたい。ネット上にはまだ罵詈雑言があふれ、事件の暴力性以上にスティグマの苛烈さに被害者も加害者も口をつぐんでいます。それでもリーディング公演の企画を始めた途端、さっと雲が晴れるような軽やかさを感じました。自分の声を持つこと、受け止めてくれる仲間がいること、慰撫する音楽を鳴らすミュージシャンの存在。スティグマから守られた自由な創造の中で、漆黒の中にも生まれたいくつもの善きものを掬い集め再び創造することができる。そうして作品として昇華されたものを、受け止める誰かがいる。
創作により再生してゆく過程は、被害者も加害者も同じです。
福祉のフィールドで当事者研究を実践している向谷地生良さんの活動を拝見した際、相談者の方が「大量殺人をしたいんだ」という訴えをされました。これに対し「なるほど、ではどのようにやりますか」と遮らず排除することではなく、最後まで対話をする姿勢が印象的でした。
あなたが何を思うのかを全て表現してもらう。慟哭も怒りも、あなたはそう思っているのだと受け止めることであなたの人格を肯定する。そこからはじめて、対話が生まれる。
そして表現と対話の絶え間ない繰り返しの中、そばにいる誰かを知り、温かさを交換しながら人と共に生きてゆくための「人間の尊厳」が形成されてゆく。そのプロセスを「始める」という事が、何より大切なのだと知りました。
刑務所を囲む大きな壁。その壁の隙間から届いた手紙。
その壁を溶かして、私も刑務所アートのためのちいさな物語を書いてみました。
誰にも見られない深い森の奥に桜の苗を植えるんです。あまりに注目されたお二人だから、
もう誰にも見られない場所で、花になってもう一度生まれておいでと願いながら。
被害者と加害者のお二人ですが、友であった時期も幾ばくかはあったでしょう。他人として遠く離れて、友として側に、ちいさなふたつの桜が年々に花の輪廻を繰り返す。どこかの山深い場所に、そんな桜が咲いているといつも思うのです。
美しすぎる願いも、創作という自由の箱庭の中でなら咲くことができます。
そしてその自由の獲得こそが、人間の尊厳なのだと信じ私もまた筆を取ります。
「人間性の回復はアートによってしか成し遂げられないのではないか」
この主催者の風間さんのお言葉を私もまたポケットそっと忍ばせつつ、刑務所アート展のご盛会を心よりお祈りしております。
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櫻井 幸絵さん、応援コメントありがとうございます。
壁の向こうから届く声に耳を傾けることから、それぞれの心の解放が始まります。
5月26日まで、第3回「刑務所アート展」展示会の開催資金を集めるため、目標250万円のクラウドファンディングを実施しています。ぜひ、プロジェクトページをご覧になって、ご支援いただけたら幸いです。
壁の向こうから届く声を受け止め、回復を共に考える-「第3回刑務所アート展」開催