流山に行ってきました! - 流鉄流山線流山駅 -(後編)
vol. 11 2026-07-15 0
こんばんは、足立美緒です。
流鉄流山駅周辺に行ってきましたレポートの後編です。流鉄流山線流山駅すぐ横のコミュニティスペースmachiminさまにお伺いしました!本プロジェクトもご支援いただいています。本当にありがとうございます!
▼machimin -まちをみんなでつくる- ウェブサイト
https://wacreation.com/machimin/
▼Instagram
https://www.instagram.com/machimin_nagareyama/
(7,8月はオープン日が限られるとのこと。お越しの際は必ずスケジュール情報をご確認ください!)
元々はタクシーの車庫だった建物を改装したという「コミュニティスペース兼観光案内所」「まちをみんなでつくる」という言葉の通り、参加型のまちづくりの拠点とのこと。その参加の可能性はさまざま。拠点内には前回ご紹介した流鉄流山線の部品や資料、歴代の車両のイラスト付きの掲示などが目に飛び込んできます。窓からは流山のホームも見え、カラフルな電車の発着が見えます。そして白みりんを使用した、あるいはモチーフとするグッズなど。町を愛する皆さんが流鉄の部品やオリジナルのグッズ、まちの資料、さまざまなアイデアをこの拠点に持ち寄っているそうです。
流山駅周辺の流山本町と呼ばれるエリアは、江戸時代には醸造業や江戸川の水運業で発展した地域で、明治時代初期には県庁も置かれていたそうです。しかし時代は流れ、輸送インフラは水運から鉄道に変わり、国鉄(JR常磐線)の敷設からも外れ、2005年のつくばエクスプレス開通以降はその沿線地域が大きく開発されていきます。《音場(OTOBA)~都心から一番近い森の記憶》で中心的にリサーチしたおおたかの森エリアなどつくばエクスプレスや東武アーバンパークライン(野田線)沿線とは、同じ流山市と言ってもまちの文脈は異なるといいます。
国鉄(JR常磐線)の敷設からも外れた後、町民の株主となって作られたのが、前回もご紹介した通り流鉄流山線です。まさにmachiminもそのように作られている場所。「まちの人が作るまち」の歴史がこの流山本町には息づいていることがわかります。
《音場(OTOBA)~都心から一番近い森の記憶》では、市野谷の森をメインリサーチとしていたこともあり、流山本町のことはあまり詳しくはリサーチできていません。お話を伺うことで新しく知り、魅力に感じることが多くありました。あれも書きたいこれも書きたいが出てきますね。ですが、今作っている音源やアーカイブブックは、住民でもない私一個人の体験を通したリサーチの記録であり、町の情報案内ではありません。回れていない地域は他にもあるし、確かめられる情報も限りがあります。
ただ、市の外から、そして個人だからこそ、こうして形にできたのではないかとの声もいただきました。「すべて」を目指すと「完成」への道は長大になります。もちろんそのように正式に作られた記録の価値は大きいです。でも外の人が一時、地域で時間を過ごし体験して伝えられるものがあることを、他の地域の作品でも感じてきました。
音源&アーカイブブックは、2023年の夏から秋と、そして2026年の春(~夏)の、もしかしたらミクロに近い、主観的な魅力を感じた、写真と、そして体感を綴ったテキストが入っています。
ただ、自分が当時リアルタイムに知り得た情報をベースとしつつ、お話を伺って感じた流鉄流山線や流山本町の魅力を反映するような小さなブラッシュアップは試みました。「記録」は生き物だなと思います。こうしてクラファン中も皆さんと作品を作っている実感があります。できることは詰め込んでいますが、それでも書ききれないこともたくさんあります。その続きは是非実際の流山に足を運んで体験いただければ何よりです。
(実は今日アーカイブブックの文章はひとまずまとめ終わったところです。まだまだ脱稿とは言えませんが、徐々に「制作」からは手が離れていくのを感じますね。これからは「お届け」するための作業に力を入れていきます。)
そしてmachiminさまとも多くの意見交換ができ、お互いに連携できることも模索していく予定です。どうぞお楽しみに!改めて、貴重なお話と時間をありがとうございました!
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以下写真ギャラリー
「本みりん研究所」machiminが、まちを盛り上げるために始めたプロジェクトとのこと。(参照:https://honmirin.net/about)
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