【OKAERI My Dear Foolが出来るまでをご紹介します】
vol. 10 2026-08-17 0
他の作品ではあまりないことだけれど、ここらで一度、この映画がどうやって生まれ、どんなふうに進化してきたのか、その過程をお披露目しようと思う。
Facebookをずっとご覧になっている方はご存知だと思うが、6月の前半、横浜に住んでいる認知症を患う僕の叔父が突然、失踪した。
そして翌日、長崎の警察署で保護された。
どうやら叔父は、その前に亡くなった妹に会いに、長崎まで行ったらしい。
この出来事を映画にしようと決めたのが6月15日。
ここまでは、ご存知の方も多いかもしれない。
問題は、東京から長崎までの間に、叔父が何をしていたのか、本人がほとんど話さないことだった。
だったら、想像するしかない。
「もし、こんな出来事があったのだとしたら……」
そうやって物語を膨らませていった。
最初は、叔父の一人旅では少し寂しい。
ならば、道連れを作ろう。
最初に考えたのは、家出をした東横キッズの少女だった。
その少女を家に帰そうとする旅。
これはこれで物語にはなる。
でも、叔父自身の物語と少女の物語。
二つの物語を同時に走らせるには、どうも弱い。
「さて、どうしたものか……」
監督とそんな話をしている中で、ふと思いついた。
「例えば、この女の子が日本語を話せない外国人だったらどうだろう?」
そこから、一気に物語が変わった。
おじいちゃんは、何かにつけて枕詞に「バカヤロー」がつくようながらっぱち。
しかも、外国人に対して決して好意的ではない、保守的な考えの持ち主。しかも認知症を患っている。
そんな男と、国籍も、言葉も、年齢もまったく違う少女。
それぞれに目的を持った二人が、東京から長崎を目指して旅をする。
「これなら、いけるかもしれない」
そう思った。
最初は、どこの国の外国人でもよかった。
いろんな設定を考えていたある日、ネットニュースを見ていると、アメリカがイランを砲撃していた。
そのニュースを見ながら、ふと思った。
「もし、この女の子がイランから逃げてきた少女で、旅の途中で母親とはぐれてしまったのだとしたら……?」
そこで、友人であるサヘル・ローズに久しぶりに電話をした。
そして、このアイデアを話した。
するとサヘルは、自分自身の経験を話してくれた。
4歳のとき、戦争で家族と生き別れ、孤児院に預けられたこと。
9歳で義母に引き取られ、日本へ来たこと。
そして、自分は本当の母親を知らないということ。
「もし、本当のお母さんに会うことができたなら……」
そんな話をしてくれた。
そして二人で、
「『母を訪ねて三千里』みたいな物語ができたらいいね」
と話した。
それが、今の『OKAERI My Dear Fool』の物語の原型になった。
もちろん、9歳のお金もないイラン人の少女が、一人で長崎まで行けるわけがない。
そこで登場するのが、前述の頑固でがらっぱちで、外国人に偏見を持つ主人公のジジイである。
過去には一癖も二癖もある。
決して褒められた人間ではない。
それでも、ひとつだけ彼が守っているものがある。
「困った人を放っておけない」
その義理人情だけは、どうしても捨てられない男なのだ。
そんな二人が偶然出会ったことから、思いもよらない長崎への珍道中が始まる。
旅の途中、二人はさまざまな人たちと出会い、巻き込み、巻き込まれながら、少しずつ距離を縮めていく。
そして、いつしか二人の関係は、血のつながらない、不思議な家族のようなものになっていく。
少女は、無事に母親に会えるのか。
そして、この頑固なジジイは、最後に何を思うのか。
その結末は、映画を観ていただきたい。
この物語の粗筋は、すでに海外の映画関係者からも高く評価していただき、「ぜひ映画祭に出品すべきだ」という声をいただいている。
国内の上映関係者からも、お声がけをいただいている。
でも――
問題は、まだ撮影が始まっていないことだ。
この映画は、クラウドファンディングで皆さんに支えていただいて、初めて完成させることができる。
物語は、もう始まっている。
あとは、この物語を本当に映画にするだけだ。
そして完成した『OKAERI My Dear Fool』を、日本から世界へ送り出したい。
どうか皆さんの力を貸してください。
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