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をクラウドファンディングで実現!

暴走族の文化と日本の工芸がコラボ。
未だかつてない日本の文化価値を発見できる「工藝族車」

閉塞感漂う今の日本で、忘れ去られたり、少しずつ衰退している工芸と、未だ文化として価値が発見されていない族車の文化を掛け合わせ、日本らしい伝統的な美意識を継承しながらも全く新しい価値を創出するプロジェクトです。

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このプロジェクトは、2020年2月28日23:59に終了しました。

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このプロジェクトは、2020年2月28日23:59に終了しました。

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PRESENTER
UMI

人間と、テクノロジーや技術の関係を観察しながら、 人間がまだ気づいていない、または意識できていない、新たな美を作りたいと考えています。 広告会社でデジタル中心のプロデュースに従事した後、2019年より独立。 HAE (Human Awesome Error) 代表。

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カトリックと暴走族 ー '80-'90の不良文化の変遷

vol. 1 2020-02-21 0

コロコロでは「ラジコンボーイ」と田宮、ボンボンでは「プラモ狂四郎」とガンプラが少年の心をくすぐっていた80年代、別の趣味を持っていた僕の父親もHONDAのCB400のプラモに熱中しており、要するに、大人から子供までプラモデルが流行っていた時代だった。アラレちゃんを描いていた鳥山明の仕事場の写真には、作ってないプラモの箱が大量に積まれていて、作られたプラモからインスパイアされたマシンが漫画の絵になり、その影響を忍ばせる作風はドラゴンボール初期のホイポイカプセルまで続いた。

そんなプラモ全盛期、家の近くのユニーの玩具売り場にも大量のプラモが置かれたけど、その中でも特に際立ったオーラを放つ箱があった。アオシマの「俺のマシン」シリーズである。
小学生にとってタミヤかガンプラが全ての世界に、突如として現れた、そそり立つカウル。こんなので走って前が見えるんだろうか、という疑問を吹き飛ばして、異様な魅力を放っていた。すごく欲しかったけど、親にねだるには妙に心理的障壁があった。

夢中になり、江口洋介率いる湘南爆走族の特攻隊長、マルが乗っているバイクに、ロケットカウルを発見した。(ちなみに子供の頃はカウルが大好きだった)ただ、アオシマのプラモのような突き上げるような角度ではなかったため、その頃、父親のバイク雑誌で見た、MOTO GUZZIやVT250Fについているのと、ほぼ同じように認識していた。今見ると、旧車會が好む車種でもちょい古めのKH400にイノウエタイプの真っ白なロケットが潔く、黒の三段シートがバランスをとるオーソドックスなスタイルが渋い。ちなみ宮崎駿も激賞、アニメ版はYoutubeで見れて嬉しい。

僕は中学から名古屋のボンボンが集うカトリックの学校に入り、朝は校内放送の室内楽を聞き、校風もユルく、授業の前には全員が落ち着いて黙想するような学校に、スラム化した団地から来たナイフみたいに尖ったワルが居るはずもなかった。地元で噂に聞いていたコワい上級生は、直接シゴかれることもなく、遠巻きにmiki houseのトレーナーを見ただけで、その後の人生で交わることは一度も無かった。このようにして、漫画で見るような典型的な不良と自分は早くも隔絶されてしまった。僕のいたラグビー部はある意味過激なところだったけど、数々の無茶もどこか牧歌的だったし、少なくともスクールウォーズみたいに廊下をバイクで走りながら窓を壊しまくってくような明日無き切迫感は無かった。その為か、マガジンを筆頭にジャンプ、サンデーまで不良漫画が全盛期だった中高時代、暴走族は一種のヒーローもののファンタジーだった。「特攻の拓」の武丸のインパルスを見て、ようやくアオシマのプラモが、ああ、ああいうやつね、と理解が深まったものだ。

同じ頃、クラスメイトが今はなきヤンキー雑誌「チャンプロード」を買ってきた。その頃、街で見かける名古屋の不良は、ちょうどボンタン履いたツッパリからバギーパンツのように制服を着崩すルードスタイルへの移行期だった。大須観音のアーケード街でキングダッシュとかベンクーガーの変形学生服を売っていた大須屋の店頭にはまだ特攻服も並んでたけど、当時の少年ジャンプが不良文化史の節目を感じさせた。「ろくでなしブルース」でもリーゼントの前田太尊から、ヒロトのようなリバイバルした’70パンク(素直にブルーハーツというべきか)に影響受けた新世代が混ざり始めた。幽遊白書でいえば幽助のリーゼントに対する「テリトリー編」城戸の短髪&襟なし学ランが目新しく、スラムダンクでは、リーゼントの桜木花道がデニス・ロッドマンのような短髪にイメチェンした。女子高生がルーズソックスを履き出す1〜2年前(名古屋時間)、会田誠がそれを絵にする4年前、ユースカルチャー全体の移行期でもあった。そんな中チャンプロードに登場する人達は、珍奇な時代錯誤者として見えなくもなく、ブッ拓はファンタジーとして理想化しているにも関わらず、現存する人達はヒーロー像から脳内で無意識にキャンセリングしてしまっていた。名古屋のとある暴走族が殺人指名手配されたヤクザから拳銃ぶっ放されながら追われている間(最近の取材で当事者に聞いた)、そんなことはつゆ知らず、クリスマスには学校の教会で図太い音圧のパイプオルガンを聞き、アヴェ・マリアを歌ってミサに臨んでいた。

先輩の彼女にちょっかいかけて始まった50対1の乱闘とか、仲間が拉致られて駆けつけた本牧埠頭でフルボッコとか、あ、そういうのホントにあるんだと知ったのが、大学のクラスメイトの話だった。また、住んでた八王子という街にバイオレンスな時間帯があり、その頃家の近くの走っていた暴走族に初めて生でロケットカウル 付きのオートバイを見た。不良が身辺に登場してきたのである。バイト先の友達がちょいちょい口にしていた「うちスペ」。いわゆる打越スペクターというチームの獣道が目の前の国道16号だった。きっと正月には甲州街道から富士急ハイランドの駐車場を目指していたことだろう。

しかしながら「見かけた」だけだ。その時は学校で覚えたての溶接や銅板の絞りといった金属工芸の技術に夢中だった。美大に入り、それまでパッキリ別れていた現実とファンタジーが最も曖昧になる時期に乗ってたバイクはYAMAHAセロー(要は軽快なオフロード)、整備は怠りがち、履き古したスニーカーみたいなやつで、族車どころかネイキッドからも程遠い。相変わらず不良は僕のヒーローだったけど、将来暴走族のオートバイで作品に取り組むとは考えもつかなかった。

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