活動報告…林業現場「竹林の三愚」(&ストレッチゴールキャンペーン中!)
vol. 9 2021-08-09 0
竹のはなし…
竹林と竹薮。違いはなんですか?
私の師をして云えば、傘をさして歩けるのが竹林。
私が思うに、書いて字のごとく。林は木が二本、森は三本、薮に至っては「数」知れず…
間伐の仕事してて、わかるんですよね。「森」から木を一本間引きすると「林」になるって感覚が。
「林」には、「森」から木を一本抜いた人の意図が介在しています。
「森」はそうではなく、自然にそうなる状態。でも語感から、どこか調和が感じられます。
では「薮」は?
野放途…調和を無くし、すでに行き過ぎちゃった感じ…人の管理どころか関心さえ離れた感がします。
全国至る所で問題になってる放置竹林は、なぜ放置竹林なんでしょうか?
答えは簡単。日本人が竹を使わなくなったから。
日本だけじゃないよね…名作カンフー映画『酔拳』でジャッキー・チェンは竹を見事に使いこなしてましたが、香港でも台湾でも中国でも、アジアのバンブーと人々の関係はいまどうなってるんでしょ?
私と相棒ら三人の仲間は、この冬から春にかけ、「堀切山」の放置竹林整備の現場を仕上げました。
手間はかかるし、伐った竹もスギやヒノキみたいに売れないし…もし請負でやるとしたら、大赤字になる仕事です。だから相応の対価がなければ、誰も引き受けてはくれません。市場経済原理でいえば、至極あたりまえのこと。賢くない有償森林ボランティアの私らだからこそ、実現し得た仕事です。
どうでしょう。こんな仕事もクラファンだったら実現することも…あるんじゃないかなあ? その竹林が、みんなに愛される場所ならば。
いまは厄介者扱いされがちな竹の薮…。でも本来の里山は、いろんな恵みを与えてくれる場所でした。資材としても有用な竹の林は、日本人がそれを忘れてしまうまでは、里人にとって大切な里山という財産の一部だったはずです。
竹のなかでもラスボス級の孟宗竹。竹林整備の労力、手ごわかったです。
私と相棒ら竹林の三愚は、竹薮から竹林に生まれ変わった里山暮らし実践者仲間の裏山で、地元のばあちゃんたちと一緒に旬のタケノコ掘りを楽しみました。