金子文子 短歌 ⑤
vol. 44 2024-12-08 0
*
秋たけし獄舎はかなし夜ごと夜ごと
鈴虫の音の
先細り行く
*
鈴虫よ さまでかこつな 我もまた
等しき道を
辿りつゝあり
*
電燈の瞬きつつも消え行くを
見れば我が胸
かなしくも慓ふ
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誰がために思ひ悩むか愁ひげに
首うなだれて咲く
コスモスの花
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語れかし我にも情けあるものを
汝(いまし)が胸の
かなしきひめごと
*
語れかし我にも情ありコスモスよ
汝(いまし)が胸の
かなしき秘密を
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ホイットマンの詩集披けばクロバアの
押葉出でたり
葉数かぞえる
*
四ツ葉クロバアの手触り優しその心
誰が心とぞ
思いなすべき
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クロバアをレターに封じ友に送る
たわぶれのごと
真剣のごと
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たわむれか はた真剣か心に問えど
心答えず
につとほほ笑む
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女看守の火を吹いて焼くめざしのにほひ
鼻にしむかな
獄の昼すぎ
*
裁判所帰り冬の夜の獄庭に下り立てば
中天に懸る
三日月寒し
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冬の夜の電燈暗き牢獄に
ロメオとジュリエットの
恋物語読む
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寂寞は獄を領しぬ冬の夜に
老ひし女看守の
靴音寒し
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黙々と悩み多げに獄衣きて
唖の女囚は
働きてあり
*
獄衣着て唖の女囚は働けり
音なき世にも
悩みはあるか
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窃盗は恥には非ずなど云ひつ
ひそかに覚ゆる
蔑みの心
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真白なる朝鮮服を身に着けて
醜き心を
みつむる淋しさ
*
風よ吹け嵐よ吠えよ
天地を洗ひ浄めよ
ノアの洪水
*
我が霊よ 不滅なれなど 希ふかな
追い込められて
獄にゐる身は
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肉と云ふ絆を脱せし我が霊の
仇を報ゆる
姿など思ひて
*
さりながら 我が霊滅び人の世の
醜と手を切る
其れもまた好し
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(表記の異同がある場合は、1976年黒色戦線社刊『金子文子歌集』に倣いました)
◉参照文献:金子文子ウェブ記念館 全歌集 其のニ