金子文子 短歌 ③
vol. 30 2024-10-29 0
獄窓21
窓硝子外して写す帯のさま
若き女囚の
出廷の朝
*
獄窓22
人がまた等しき人の足になる
日本の名物
人力車かな
*
獄窓23
稼がねば飯が食はれず稼ぎなば
重荷いや増す
今の世の中
*
獄窓24
ブルヂュアの庭に
つゝじの咲いて居り
プロレタリアの血の色をして
*
獄窓25
監視づきタタキ廊下で労運の
同志にふと遇ふ
獄の夕暮
*
獄窓26
砕毛散りまた音もなく忍び寄る
さゞ波かなし
春の日の海
*
獄窓27
朝な朝な爪立ちて見る獄庭の
銀杏の緑
いや増さり行く
*
獄窓28
山椒の若芽摘み取り香を嗅げば
つと胸走る
淡きかなしみ
*
獄窓29
うすぐもり庭の日影に小草ひく
獄の真昼は
いと静かなり
*
獄窓30
指に絡み名もなき小草つと抜けば
かすかに泣きぬ
「我生きたし」と
*
獄窓31
抜かれじと足踏ん張って身悶ゆる
其の姿こそ
憎くかなしく
*
<同一の歌の異同について>
獄窓30は、1927年発行の『獄窓に想ふ』(自我人社)の表記ですが、1976年発行の『金子文子歌集』(黒色戦線社)では以下のようになっています。(どちらも栗原一男と古川時雄が関わっているようです)
指に絡む名もなき小草つと引けば
かすかに泣きぬ
『われ生きたし』と
文子が市川刑務所から出した手紙に書き付けているのは、後者に近い形です。
また、獄窓29は『金子文子歌集』では以下のようになっています。
うずくまり庭の日陰に小草ひく
獄の真昼は
いと静かなり
「うすぐもり」が「うずくまり」になっていて、刑務所当局の墨で消された原稿用紙の文字の判読の違いと思われます。
*参照文献:金子文子ウェブ記念館 全歌集 其の一