金子文子 短歌②
vol. 22 2024-10-05 0
獄窓11
空仰ぎ「お月さん幾つ」と歌ひたる
幼なき頃の
憶い出なつかし
獄窓12
あの月もまたこの月も等しきに
等しからぬは
我の身の上
獄窓13
月は照る月は照らせど人の子は
果なき闇路を
辿りつゝあり
獄窓14
大杉の自伝を読んで憶ひ出す
幼き頃の
性のざれ事
獄窓15
早口と情に激する我が性(さが)は
父より我への
かなしき遺産
獄窓16
朝鮮の叔母の許での思ひ出に
ふとそゝらるゝ
名へのあくがれ
獄窓17
是見よと云はんばかりに有名な
女になりたしなど
思ふ事もあり
獄窓18
上野山さんまへ橋に凭(よ)り縋(かか)り
夕刊売りし
時もありしが
獄窓19
籠かけて夜の路傍に佇みし
若き女は
今獄にあり
獄窓20
居睡りつ居睡りつ尚鈴振りし
五年(いつとせ)前の
我が心かなし
*参照文献:金子文子ウェブ記念館 全歌集 其の一