Life Story その2
vol. 15 2021-10-21 0
『田舎暮らしの実感』
一日を通して聞こえてくる車の音は10台くらい。
東京に住んでいた頃の何百分の一だろうか。
美しい鳥や虫の声ひとつひとつに耳を傾けているだけで半日くらいあっと言う間に過ぎてしまう。庭には名前も知らない草花が、季節をめぐる毎に顔を覗かせ、刻々と変化する自然の息吹を感じさせる。小さい頃の想像以上に、里山の自然は多様性に富み、豊かだってことが住んでみてすぐに分かった。
ここの山には欅や桜などの大きな落葉樹に混じって立派な竹が生えていた。しかし私が来た時はそのほとんどが藪に埋もれ、薄暗のなか。しかしこの竹林には特別な存在感をずっと感じていた。後になって集落のお婆さんから「かつてここは竹材屋がこぞってやって来たんだよ」という話を聞き、この見捨てられた竹林の価値を自分は再発掘するためにやってきたのだと思った。誰かにとってのゴミは誰かにとっての宝物なんだ。
竹細工でやっていけるの?と沢山の人に聞かれた。しかしボロいとは言え屋根のある家に格安で住めて、仕事の材料となるものが目の前にあるってだけで怖いものは何もなかった。俺はナタ一丁と体ひとつで世界を渡り歩いていけるんだ!という希望に毎日胸がときめいていた。
季節は春。庭に出れば、セリ、ミツバ、カラスノエンドウ、オオバコ、タンポポ、食べれる野草ばかり。ロケットストーブを作って枯竹を燃やせばガスだって契約する必要も無い。肉もほとんど食べないから冷蔵庫もいらない。エアコンも洗濯機もないので電気は10Wで十分。収入が少なくても支出がなければ自由な時間が増やせる。どうしてこんな当たり前のことをずっとして来なかったのだろうと疑問にさえ思った。
お金の呪縛から解き放たれると心も安定し、毎日幸せな気持ちで仕事も出来る。只々自分を信じて手を動かし、ひとつひとつの注文に対し丁寧に答えていく。すると芋づる式にどんどんまた仕事の話が入ってきて、結局独立してから現在まで仕事が無くて困った、ということは一度もない。ああ、人生って、ライフワークって、こういう事なんだと30歳半ばにしてようやく気がつくことができた。