脱穀終了、縄をなう。
vol. 3 2021-11-09 0
北海道でのはじめての米づくり。
水温、気温がなかなか上がらない早春の苗づくりからはじまり
田植えのタイミングから順に決まっていってしまう稲刈りの時期、天日干しの期間。
今年は、ギリギリのタイミングのスタートだったので
必然的に稲刈りも遅く、脱穀も今日を逃したら向こう1週間雨、その後雪!という
瀬戸際まで粘って干して、ようやく昨日無事脱穀を終えました。
終わったそばから、苗づくりのタイミング、水温を一定にするための水の回し方など、
来年はこうしよう、こうしたい、とこれは、毎年の繰り返しなのですが。
年に一回しかできないのだから、あと何回できるのでしょう、
百姓とはそうやって歳をとっていくのですね。
それでも今年おかりした田んぼは、これまでのライバル猪もおらず、
田んぼにすぐ穴を開けにくるカニもおらず、安定した沢水のおかげで豊作でした。
「ごはん」になるまでにはもう一仕事ありますが、
開墾からここまでこれたことにひとまずホッと一息。
今年の米はこれまでにも増して、感謝の気持ちが入ります。
これまで支えてくれた友人たち、高知での私たちの挑戦を見守ってくれた地元の方、
無理かと思っていた馬との引越し、無理かと思っていた今年の田んぼ、
今こうしていられるという流れの中に
いろんな人の顔が思い浮かんで、あの人にもあの人にもあの人にも送りたい。
だから、たくさん出来てくれよ、米、と祈りながら
(自分たちも食べたいし、と少し欲張りな祈りだったかも)田んぼに入っていました。
クラウドファンディングで応援してくださる方にも今年の「はじまりのお米」を
届けらることがとても嬉しいです。
この実りの喜びを、一粒万倍!に増やしていけるよう、
どうか引き続き応援宜しくお願いいたします。
脱穀作業ででた稲わらは、馬たちのごはんや敷き藁、藁細工に使います。
ひたすら縄をなう、「クラブ縄」も開催したいなぁ、などと構想中。
縄ないは、瞑想だ。
「縄をなう
一本の藁が束になって
よりをかけられ螺旋状に編まれていく。
一本の藁は儚く弱いけれど
編まれた縄はしなやかで強い。
手のひらをすり合わせるだけで
一本の草が道具に生まれ変わっていく技を
いったい、いつ、誰がどうやって
はじめたのだろう、と縄をなうたびに
感動する。
米をつくり、縄をなう、という行為は
ガンジーの糸車にも似ている、
と私は思う。
生きる技を自らの手に。」