人には馬が必要、馬には人が必要
vol. 2 2021-11-04 0
ムツゴロウさんという人がいます。
80、90年代に子ども時代を過ごした人には「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」は
おなじみのテレビ番組で、知らない人はいないんじゃないだろうか。
そして大人になったら動物王国で働きたい!と思った子どもも多いはず。
私もその1人です。
子どもの頃は、どんな動物とでも仲良くなれる面白いおじさん、としか思っていなかったけれど、
実はムツゴロウさんは和種馬、道産子の保護にとても力を注いでいた方だということを
大人になって知りました。著書も多く、その思想、哲学に「テレビと違うじゃん!」と
驚くことが多いのです。
”家畜の品種の保護は、天然記念物に指定すればいいというものでは絶対にないと思う。
生活の中に組み込んでやらねば、馬はダラクしてしまう。”
とはムツゴロウさんの言葉。
人が馬にのりさえすれば馬は絶えることがない、と動物王国唯一の義務を「馬にのること」とし、
草競馬やトレッキング的な乗馬のみならず、町にお昼ご飯を食べに海岸沿いをかっ飛ばす、という
まさに生活の中に組み込まれた馬と人との関係があったようです。
今、いろいろなところでたくさんの方があらゆるものの保護に尽力しています。
「いろいろ」「たくさん」「あらゆる」とくどくど書きましたが、そんな表現でも足りないほど、
同時多発的に保護しなければならない状況、破壊が広がっています。
守りたい気持ちとは裏腹に何か大切なものがするすると手からこぼれるように、
それを止めることができなくてやるせなくなることも。
そんな時に、ムツゴロウさんのこの言葉を思い出すのです。
「生活の中に組み込んでやらねば」
「自然」という言葉は実はもともと日本にはなく、
中国語と英語を翻訳したときにできたもので、それぞれ異なる意味があるそうです。
ひとつは、自然(じねん)の翻訳で自ずから然る(おのずからなる)、という意味で
もうひとつはnatureの翻訳として自然環境を指す意味で。
同じ「自然」でもこの二つには決定的な違いがあり、
前者は自分も含めた生命全体の現象として見る視点が、
後者は、自分とは切り離した外側に対象物を見る視点があります。
ムツゴロウさんの言葉には、前者の自然観が根底にあって、
その認識がとても大切なんだと思います。
馬、森、川、いろんなものごとがあてはまると思いますが
何かを守り繋ぎたいと人が思うとき、
人間は守る側なんかに立っていなくて、実はそのものの中に自分も組み込まれているんだ、
それがなくちゃ生きていられないんだ、ということ。
いろいろなものを追いやって、苦しくなっているのは人間です。
だからこそ、守るには生活の中に組み込むこと、
人間の在りようを沿わせることが、鍵なのです。
農耕馬と人が共に生きるために、私たちは生活の技を学び繋ぐ必要があると考えています。