『TATTOO BURST』元編集長 川崎美穂氏から応援コメントです!
vol. 10 2024-12-04 0
私がタトゥーの専門誌「TATTOO BURST」を編んでいたのは1999年から2011年までの12年間です。この時期は世界的にタトゥーが爆発的なブームとなった、タトゥー・ルネッサンスの最盛期でした。当時の貴重なオーラル・ヒストリーを雑誌という形で記録・保存できたことは幸いでしたが、刺青界の異端児と呼ばれた初代梵天太郎の業績を発掘するまでにはいたらなかったことは、ずっと心残りになっていました。
刺青師・初代梵天太郎の忘れ去られた側面、すなわちマンガ家としての凡天太郎の偉業が次々と紐解かれていくことは、同時に戦後の日本刺青史の空白を埋めることに繋がっています。
古代のイレズミに関しては、中国の歴史書「三国志」のなかの魏志倭人伝の記述や、日本の歴史書「古事記」「日本書紀」の文献から語られ、現代の日本刺青の原型となる江戸時代後期からの刺青は、浮世絵、歌舞伎、文楽、落語など、江戸の大衆娯楽文化から多くを知ることができます。とくに昭和11年に出版された玉林晴朗の刺青風俗事典「文身百姿」は後世に残る不朽の功績です。
そこへ近年、日本におけるイレズミ史の研究は、さらに飛躍的進歩を遂げています。
考古学者の設楽博己博士が2020年に出版した「顔の考古学 異形の精神史」では縄文時代から古墳時代にかけての顔面のイレズミについて解き明かされ、2022年に発表された都留文科大学の山本芳美教授の研究「彫千代報告書:19世紀後半の日本人彫師によるイレズミ下絵とその分析」では明治期の彫師と刺青文化が明確に浮かび上がりました。
初代梵天太郎の軌跡は、古典的な伝統刺青が日本独自のタトゥーカルチャーへと移行していく、いわば黎明期にあたります。同時代に活躍した名人といわれる彫師はほかにも存在しますが、初代梵天太郎が特異なのは、出版や映画などのメディアを巻き込んで刺青文化の発展に尽力した点にあります。その原動力は、長年に渡って汚名を着せられ続けてきた日本刺青に〈美の誇り〉を回復させることにあり、いわばメディアミックスによる文化復興運動の一環と考えることができます。
それもこれも21世紀に入ると、肝心の出版物や映像を見る機会が失われていました。
凡天劇画会の功績は、日本のマンガ史から忘れ去られようとしていた故人の作品を蘇らせることにとどまらず、いまや日本刺青史の重要なミッシングリンクとなっています。
今回製作される「刺青師一代」は、マンガ家・凡天太郎がもっとも脂がのっている時期の作品です。同時期に集英社の人気芸能雑誌・週刊明星にて「混血児リカ」の長期連載を抱え、多忙を極めていたにもかかわらず絵には力が漲り、みな眼力が強いのが印象的です。なにより、あふれんばかりの情熱で描きこまれた緻密な刺青に圧倒されます。劇画の読者にリアルな刺青を見せようと奮励努力されている姿が目に浮かぶようです。
社会的背景が変化しても東映の任侠映画がいまも心を揺さぶるように、過激なアダルト動画が乱立してもなお日活ロマンポルノには新鮮なエロスが宿っているがごとく、時代のニーズを的確に捉えた凡天劇画からは刺青という庶民芸術の爛熟が感じられるはずです。
余談ですが私はいま、梵天一門の当代である四代目梵天彫けん氏の指揮のもと、凡天太郎作品の版権管理を行う梵天太郎事務所の加藤弘氏、阿佐ヶ谷にあるギャラリー白線のオーナー斉藤慎次郎氏とチームを組み、初代梵天太郎にゆかりのある人たち13名の証言を集め、2025年に書籍出版するプロジェクトを進行している最中です。
夜な夜な原稿をまとめていて実感するのは、人間・梵天太郎の生涯は最高に面白いということに尽きます。書籍には凡天劇画会の長年にわたる活動の全貌も収録しているので併せてご期待ください。そして存分に、愛すべき異端児に魅了されてほしいと願っています。
川崎美穂(編集者/ライター)