「劇言葉」
vol. 10 2018-09-02 0
『劇言葉はどこにあるか』太田省吾
(『声と身体の場所』2002より)
劇の中で語られる言葉について書いてある文章です。「言葉として語られたもの」が「理解されるべきもの」ではなくて、
「理解されるものは、すべて言語である」とするならば、「観客の頭をめぐっているさまざまな意識の動きをも指している」と考えていらっしゃいます。
そうなると一見無意味なやりとりも、それ自体を指すのではなくて、それを媒介として、別のものを観客に委ねているんでしょうか。
とても面白い文章でした。
劇で生じている言葉は目に見えないけれど、私は書作品という目に見えるものを作っています。
今回の映像作品では、目に見えない言葉も現したいと思っています。
それは「印象」とは違う世界かもしれません。何も示さない言葉かもしれません。
何ができるでしょう。完成形がわからないものを作る不安と興味がどんどんふくらんでいます。