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映画を通して「性」と「生」を問いなおす「大阪学生Queer映画祭」」をクラウドファンディングで実現!
性について問うことで、見えてくる生き方がある。この言葉をモットーに、阪大豊中キャンパスで「性の多様性」「LGBTQ」をテーマとする映画10作品を一挙上映。自分の性、そして生き方について問いなおすきっかけを作りたい。
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2019年5月25日、26日に大阪大学豊中キャンパス構内にて「大阪学生Queer映画祭」を開催します。主に「性」について扱った映画を上映します。また、同様のテーマを扱った芸術作品の展示も行い、「性とアート」という領域について考える場を提供します。さらには「シネマカフェ」として、会場にいる参加者全員が平等に意見を言うことのできる場を設け、上映された映画やそこで取り上げられているテーマなどについて話しあえるようにしたいと考えています。ぜひお越しください!
性について問うことで、見えてくる生き方がある。この言葉をモットーに、阪大豊中キャンパスで「性の多様性」「LGBTQ」をテーマとする映画10作品を一挙上映。自分の性、そして生き方について問いなおすきっかけを作りたい。
みんなに関係あるのに、誰も大っぴらに話そうとしない。「性」について、映画を通して見つめなおしませんか?
初めまして、大阪学生Queer映画祭実行委員会の宮本紘子と申します。
大阪大学に通う学生有志からなる私たち実行委員会が「性の多様性」「LGBTQ」をテーマに日本初上映作品を含む10作品を厳選しました。会場には性別のないトイレが現れ、キャンパスは「にじいろ」に。色とりどりの「性」の世界があなたを待っています。大学で座布団をひろげて映画を観て、みんなで話しましょう!
■私たちのモットー
男/女であるってどういうことだろう?男らしさ/女らしさって何なんだろう?こんな違和感から生まれる疑問をまじめに考えていく姿勢をQueer(クィア:元は英語で「ヘンタイ」)といいます。大阪学生Queer映画祭は、映画を通して参加者それぞれが、このような問いに対する自分なりの返事を探していく場を目指します。
そして、「性」についてのふとした疑問は、私たちの「生き方」と深く関わっています。だから、性について考えることは、生きることを考えること。すなわち、
性について問うことで、見えてくる生き方がある。
これが私たちのモットーです。
現在、日本ではLGBTQの権利を保証する動きが急速に進んでいます。
LGBTQ:性的マイノリティ。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー等のこと。通例では「どの性別を好きになるか」「生まれた性別と現在の性別が一致するかどうか」のどちらか、またどちらもが多数派と異なる人を指します。
TOKYO LOVE PARADEや、同性婚の認可を求める訴訟もその例です。LGBTQの受容は急速に進んできました。しかし、これは私たちにとって「自分ごと」でしょうか?
LGBTQの理解はまだ途上です。「付き合ってる人がいるの」という女性に「その彼氏はどんな人?」と聞いたり。仲の良い男友達どうしで「俺たちゲイじゃないよ!笑」とふざけたり。「女なんだからたまにはスカートを履きなよ」と言ったり。幼稚園で子供に「お母さんとお父さんによろしくね」とか。以前に比べてLGBTQの包摂は進みましたが、多くの偏見や差別が常識といわれる固定観念の中に残っています。性の多様さをほんとうに認めるのは難しいことです。
それは、LGBTQに関わる問題以外でも、人の生き方の多様さを認めることの難しさとつながっています。例えば、料理好きの男性が「女子力高いね!」と言われたり。女性が「適齢期過ぎたけど、いつ結婚するの?」と聞かれたり。
だから、
人の性の多様性をほんとうに認めるためには、生き方の多様性を考えないといけない。
人の生き方の多様性をほんとうに認めるためには、性の多様性を考えないといけない。
私たちはこのように思い至ったのです。それが、
性について問うことで、見えてくる生き方がある。
という言葉の意味です。
こう思うからこそ、「トランスジェンダーだから」「レズビアンだから」「ゲイだから」を、誰かを排除する言葉にしたくない。学生や教員、地域の人たちと、性について一緒に考えたい。
そのために必要だと考えたのが、映画の力。大戦のさなか、チャップリンは映画を通して平和を訴えました。スクリーンに投影されたフィルムは、時に社会を動かしてきたのです。
だから「大学で映画祭がしたい」。映画祭を通して「性の多様性」と「生き方の多様性」の大切さを訴えたい。全10編にわたる、「性」と「生き方」の物語をいっしょに体験することで、私たち自身のことが、もっと分かるはずです。
そして私たちは、映画祭を大学で開催することにも強い意義を見出します。大学は、新たな思考が生まれる知のフロンティア。キャンパスから社会へ「性」と「生」のほんとうの価値を問いたいのです。
「大阪学生Queer映画祭実行委員会」には、このような考えに共感したメンバーが集まっています。フェミニズムやジェンダー・スタディーズ、クィア・スタディーズ(注:性の多様性について学ぶ学問)を専攻する学生。日頃からそうしたテーマに興味をもっていた学生。映画が好きな学生。動機はさまざまですが、みな「性」について真剣に考えています。
この映画祭を通して、あなたが、そして日本の社会が「性と生き方の多様性」について考えるきっかけが生まれることを願います。私たちの熱い想いを形にするために、ぜひ皆様の力をください。
初めは何もかも手探りでした。
大学で行われたLGBTQ映画の映画祭は、国際基督教大学の「みたかジェンダー・セクシュアリティ映画祭」、京大構内の「関西クィア映画祭」等の前例があるものの、学生運営のものは例がありません。私たちは当初、「LGBTQ映画にはどんなものがあるのか」「どういう会場なら上映できるのか」もわからない状態でした。映画祭運営の経験者を探すところから始まり、アドバイスを頂きながら、映画探し、会場探し、会場の予約、国内外の映画の権利者への連絡と交渉、日程の決定、これらをゼロから行って、ようやく開催が現実的になりました。
私たちは毎週行われる実行委員会で様々なことを話し合います。上映スケジュールはどうするのか、会場は、広報は、etc……。「どういう映画祭をつくるのか」についてメンバー同士の思いがぶつかりあう会議は、ときに5時間以上におよびます。
でも、そんな議論を通して皆の思いが一つになっていきました。必ずいい映画祭になる。そう確信しています。
■映画祭の案内
2日間で長編と短編、計10作品を上映します。
いずれの日も、合間に1時間「シネマ・カフェ」を開催します。映画について、来場者で話し合います。その日、会ったばかりの人と、観たばかりの映画について意見をかわします。また、映画祭のコラボ企画として、会場内で「性」をテーマとした芸術作品を展示します(大阪大学美術部・地域のアーティスト集団協力)。
■日時と会場
2019年 5月25日(土)、26日(日) の二日間
大阪大学会館(21世紀懐徳堂スタジオ)
■上映作品の詳細
協力:関西クィア映画祭、大阪アジアン映画祭
■目標金額の内訳
計45万円
クラウドファンディングで頂いた資金は、以上の費用にあてられます。
■実行委員の紹介
■お気持ちプラン 1000円(寄付)
■応援プラン 3000円
■おおっぴらに応援!プラン 10000円
■協賛プラン 30,000円
■協賛プラン(法人さまコース) 50,000円
想定されるリスクは資金調達が間に合わないことです。これは多くの人に映画を届けるため、入場料を無料にしたからです。(だからこそ、みなさまのご援助が必要です!)
■変ってなんだろう?
Queerは「奇妙な」「変な」という意味です。「変」というのは「ふつうとは違う」ことですよね。では「ふつう」とは? 「ふつうの恰好」「ふつうの振る舞い」「ふつうの人生」というときの「ふつう」は当たり前、当然、というくらいの意味でしょう。
しかし、これが誰にとっての当たり前なのかが問題です。わたしたちは全員が「ふつう」でしょうか。学校にも、会社にも、社会にも、どこにも「変な奴」はいるでしょう。しかし、そもそも「みんな」に含まれない人はいないでしょうか?
例えば「あの人とはノリが合わない」からといってなんとなく付き合いが遠のいたりすることや、挨拶をしない人、結婚したのに子供がいない人などの、ちょっと「変な人」に「なんで〜しないの?」「“普通は”〜だよね」と聞いたりすることはないでしょうか。
■「ふつう」ってなんだろう?
「ふつう」という言葉は、ときに人を排除します。また、わたしたちは自身が排除されないために「ふつう」になろうとすることがあります。これは「規範」といってよいでしょう。ですから、これに馴染めない人、違和感を覚える人がいるのは当然です。
「性」も同じです。自分の生まれた性と現在の性が「男性」か「女性」で一致していること(そういう人を「シス・ジェンダー」と呼びます)。また女性は男性を、男性は女性を恋愛対象とすること(これを「ヘテロ・セクシュアル」といいます)。これらが性の「ふつう」です。かつて、そうではない人(セクシュアル・マイノリティ)が「普通でない」という意味でQueerと呼ばれていました。Queerは「変態」や「おかま」という差別用語だったのです。
■私たちはみんな「クィア」?
しかし、そこでLGBTQの当事者たちはQueerを自ら名乗りました。「自分たちは変態だ、それで何が悪い」という態度をとったのです。そして「ふつう」の規範は絶対ではない、と主張しました。「今の規範が未来もそのままとは限らないし、今は「ふつう」のひとも明日にはそうでなくなるかもしれない」「私たちはみな、自分のなかにある「変」をなかったことにして、「ふつう」のふりをしているんじゃないか」「ほんとうの自分の心、身体、愛する人、また自分の望むセックスが(セックスを望まないことも含めて)どれほど「変」でも、肯定しよう」。Queerの言葉はこうしたメッセージとともに生まれ変わったのです。それは「ふつう」と「変」の境界線を揺るがすこと。私たちそれぞれのアイデンティティを変えることです。
かつて、セクシュアル・マイノリティは「変態」と蔑まれていました。差別的な状況は、今、どれほど変わったでしょうか。日本でもLGBTQという言葉が少しずつ知られるようになりました。Queerの理念が大切だからこそ、まずはセクシュアル・マイノリティに関わる状況をみなで知る機会を作りたい、と私たちは考えます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。私たちへの意見や助言は、いつでも大歓迎です。以下のリンクよりメッセージをお待ちしております。
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