「フラジャイル・ギフト」は、届いたか
vol. 10 2026-10-26 0
「フラジャイル・ギフト」は、届いたか
もう1週間が経ちました。10月17日。会場への運搬1時間、組み立て3時間。風を待ちつづけ、3回の飛行トライを終えたのは夕暮れ。次の日は壊れることなく不時着した「隼の凧」を分解・梱包。3週間ほど続いた整備会場の片付け。最後のトライで翼が左目のあたりをかすめ、見えづらい視界。倒れ込んだ時に痛めた左足を引きずりながら、モノが片付いたのは本番の二日後でした。
数日は疲労で体が動きません。あの日と、あの日までに注いだエネルギーの大きさに気付かされました。すこしずつ体を動かしはじめ、近くをゆっくり歩いたりしていると、今まで味わったことのない感覚に包まれていました。飛ばせなかったことへの悔しさ、その感情の淀みにもっと大きな別の気持ちが混ざっている。まだ言い当てられずにいますが、それは喪失感のような気がしています。
長期に渡ったこのプロジェクトがもたらした感情の蓄積は、想像の器を満杯にしていて、最後にあの日の悔しさが注がれました。器の中の混濁を掬おうとすると、数日経っているのに感情が溢れそうになります。直後の悔しさとはまた違う、よりずっしりとした喪失感らしきものがじんわり染み込んでくる。良いプロジェクトは言語化できない感覚をもたらしてくれます。隼が凧になっていくという両義的な時間を共に生きること。わたし(たち)が変わり、新たになっていく儀礼。その終わりが心身に告げられているようで、どこにもいけない感覚の只中に今もいます。
いずれまた飛ばそうとすることはあるでしょう。でも、このプロジェクトが紡いだ物語はここで本編を終えるんだと思います。これは、隼が凧になっていく物語で、「届くか届かないか?」についてのプロジェクトでした。日本へ物理的に届くという意味だけでなく、「だれかへと届きうるのか?」という抽象的なギフトでした。一緒にあの日を作ってくれた、風を祈り、ともに挑戦してくれた皆さんからの感動を伝える言葉たちが、悔しさに呑まれてあの時うまく受け取れてませんでした。数日経ってようやく、それが「届いた」ことを伝えてくれる言葉だったことに気づきました。
凧となったいま、これ以降の「飛ぶか飛ばないか?」は、生き直す「隼」のアフターストーリー。何かのきっかけで、また飛行に挑戦するとき、それはあの日の悔しさへのリベンジであり、凧となった隼からの「ちゃんと飛ばしてみろ」という宿題です。
アフターストーリーはひとりじゃない
クラウドファンディングは、10月30日までつづきます。費やしてきた時間がある限り、費やしてきたお金があります。今回のFragile Gift Week!と飛行イベントに関してだけで、300万円ほどがかかります。プロジェクト全体には当然その何倍もの費用がかかってきました。今回整備を終えたため、もっとコンパクトにできると思いますが、自主企画ですぐ飛行リベンジ!となるのは金額的にも難しい。
リベンジを一緒に実現したいと思ってくれる方々、施設、地域。ぜひお声がけをください。どこで、どうやればプロジェクトの本編が残した宿題をクリアできるのか。リベンジを見たい!と思ってくださるみなさん。声と共にクラウドファンディングの支援を届けていただくことが、そこへとつながる力になります。このプロジェクトとの五年間の果てで一時停止している自分に、後押しをもらえたら嬉しいです。
飛行イベントへの応援に今一度感謝をするとともに、残り1週間と迫ったクラウドファンディングの後押しをぜひお願いします。
photo: Hibiki Miyazawa
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