マヤ暦アドバイザー | 千々和公代さん
vol. 36 2026-02-01 0
千々和公代さんは実は出演者紹介35でご紹介した陶芸家の宮城ご夫妻の作品を使っていたお店時代のお客さまでした!しかも、ヘビロテのお客さまで毎日のようにお見かけするので、話しかけたのです。
とってもふんわりとした空気に優しいキミちゃんとも仲良くなり、今度は私がその頃キミちゃんがやっていたアロママッサージにお邪魔するようになりました。
そのうち、共通のお友達も多いことが分かりいつも何処かでバッタリ会えちゃう存在でした。
美味しいものが好きな私達は今も食べ歩き友達でもあります。
でも、そんなに深い話をしてなかったのに、ある日キミちゃんから弟さんを若くで亡くしている事を聞きました。
衝撃でしたが、「あ、ぁ、キミちゃんのこの皆んなへの優しさはここから来ているのかもしれない」と納得したのでした。
それから本当に直ぐに、私も息子をなくす事になったのです。
本当に不思議でした。
息子が亡くなった夜、私は1人でした。
夜中まで、友人たちが付き添ってくれていたのだけど、丁度受験や卒業式の時期で、
みんな自分のお子さんの準備をしなくてはならなくて一旦帰る事になりました。
いや、帰ってね。って言わないと帰らなかったと思うので…
その時、頭をよぎったのはキミちゃんでした。
キミちゃんはその時点で知っていたかどうか分からないけれど、直ぐに電話をして、
「申し訳ないけど、そばにいて欲しい」とお願いしました。
キミちゃんは騒がず、いつも通りに穏やかに家に来てくれて、
「本を持ってきたからね、私のことは気にしないでね」と私をのことを横にならせてくれました。
パニック障害を持っていたので、こんな時に発作で寝たきりになりたくないと思っていた私は素直に横になりました。
キミちゃんは、
「こんな言い方するのは酷く聞こえるかもしれないけど… きっと、この事は乗り越えられないよ、ずっと。
でもね、時間と共に何とかやっていく方法が分かっていくので、安心してね。とりあえず寝ててね、私はここにいるからね」と言う内容の言葉をそっと囁いてくれました。
経験者のキミちゃんからの言葉は素直に受け取れました。
そして、その後の私にとって救いの言葉にもなっていくのです。
『乗り越えられないんだよ』ちょっと強い言葉かもしれないけど、
私は『乗り越えなくていいんだ』と肩の荷が降りた?気がしました
この言葉がなかったら、私は今も『乗り越えなければ!』と自分の心と身体に鞭を打っていたと思います。
あの頃、色んなところへ行って蓮を探してた私を那覇空港まで迎えにきてくれた車の中で、キミちゃんにお話を聞きました。
そんなお話の答えもお楽しみに本編でご覧くださいね。
最後まで読んで頂き、ありがうございます!
