描くことで連帯する。MiuShinodaが120日間ドローイングを描き続ける理由
vol. 5 2026-11-03 0
「持続可能な地域芸術祭のための展覧会とアーカイブ」では、クラウドファンディングの開催期間にあたる120日間、アーティストのMiuShinodaさんが毎日一枚ずつドローイングを制作しています。描かれた作品は、クラウドファンディングの返礼品として、支援者のもとへ届けられます(返礼品区分C)。フランスを拠点に活動するMiuさんは、なぜ、120日間描き続けることを選択したのでしょうか。今回のプロジェクトにドローイングという方法で参加することにした背景や、日々の制作を通して考えていること、作品に込めた思いについて伺いました。
聞き手:郁川舞
「何かしたい」と思いながら、行動に移せずにいた
——今回、120日間ドローイングを描き続けることを決めたきっかけを教えてください。
まず、多くの作家が影響を受けることになった今回の芸術祭の問題が、「単なる運営上の失敗」や「不運な事故」として片づけられてしまうことに違和感がありました。「おかしいな」と。
報道やWeb版『美術手帖』でも取り上げられたように、芸術祭の開催にあたっては、県や市などの行政機関や後援団体の名前が(25年度も)ウェブサイトに記載されていたこと。すでに参加を辞退した作家の名前も参加アーティストとして掲載したまま、新たな作家勧誘が行われていたことなど、作家が参加を判断する際の重要な情報に、実際の状況との食い違いがありました。
後援団体については、県や市から声明が出された後、ウェブサイト上で「ホームページを更新できていなかった」と説明されていました。しかし、こうした情報は、作家が参加を判断するうえで重要なものです。実際の状況と異なる情報が掲載されていたことを、単なる情報更新の遅れとして済ませてしまっていいのか。結果として、芸術祭の開催前後に多くの作家が、それぞれに異なる負担を抱え、展示を辞退・断念しました。
また、一部の作家の作品は、返還が求められてから2年以上が経過した現在も作家の手元に戻っていません。作家の財産や展示機会、創作活動の基盤に関わる問題だと感じています。
私自身も、この芸術祭に参加する予定でしたが、開催前に参加を辞退しました。そうした経緯もあり、今回の出来事を決して自分とは無関係なこととして捉えることはできませんでした。
問題について何かをしたい気持ちはあったのですが、SNSでいろいろと言ったりすると、問題そのものではなく、個人を責めることになってしまうかもしれない。そういう難しさも感じていました。
それに、私はフランス在住で、日本に住んでいないので、具体的に動くこともなかなか難しかったです。問題が解決されてほしいという気持ちはずっとありました。でも、問題に向き合い続けること自体、私にとって簡単なことではないなと思ったんです。そんなときに、郁川さんがクラウドファンディングを始めるという話を聞きました。
郁川さんは一年以上、いろいろと試行錯誤しながら、この問題に向き合い続けていました。私もずっと気にはなっていたけれど、実際の行動には移せていなかった。
郁川さんが覚悟を決めて動いているのなら、私も何か行動することで連帯したいと思いました。
——そこから、毎日ドローイングを描くという方法にたどり着いたのですね。
はい。自分にできることは何だろうと考えたときに、毎日描くことならできるかもしれないと思ったんです。
問題について考え続けるのは、なかなか難しいことです。でも、毎日描くことを習慣にできれば、その行為を通して問題に向き合い続けられるかもしれない。
クラウドファンディングでは、支援してくださった方へのリターンが必要になりますよね。私が、絵を描くことが誰かへのお返しになり、その作品がプロジェクトへの支援にもつながる。自分が描くことと、問題の解決に向けた活動を結びつけられるのは、いい方法なのではないかと思いました。
個人が何かを変えようと行動することは、とても大変なことだと思います。自分にできることは限られているけれど、そのなかでできることをやってみようと思いました。
毎日一枚。描くことを生活の一部にする
——実際には、どのように制作しているのでしょうか。
私はフランスに住んでいるので、日本との時差があります。日本時間の0時に合わせて制作しようと思って、時間を決めて取り組んでいます。今はフランスが冬時間なので、日本時間の0時はフランスの16時です。
紙を水で湿らせておいて、エンボスで日付を入れたり、寝る前に紙を乾燥させたり。そうした準備をしながら、日本時間の0時までに描き終えられるようにしています。
時間を決めて制作する作品というと、河原温さんの《Today》シリーズがよく知られていますよね。その日のうちに描き終えられなければ作品を破棄するという、時間の制約を設けたミニマルな作品です。
私のドローイングは、それとは対照的に、最初に線をワシャワシャとたくさん描くところから始まります。毎日続けられるかなという不安も、最初はありました。大きすぎる紙だと、描くのが難しくなるかもしれない。どのくらいの大きさならできるだろうと考えたときに、ハガキサイズやA5サイズはどうだろうかと。うん、このサイズならできるかもしれない。
あとこのサイズだと、かわいい額縁がたくさんありますし、作品を受け取った方も気軽に飾って楽しむことができますよね。それで、このサイズで続けていこうと決めました。
——制作にあたって、困難なことなどはありましたか?
初日は、紙が乾いていなくて「しまった!」となったりもしました。紙をどのくらい湿らせるか、どのくらいの時間エンボスさせるか、どのくらいの時間で乾かすか。日々試行錯誤しながら、少しずつ制作の手順ができてきました。
今はもう15枚目くらいになっていて、描くことが習慣の一つになっています。朝にコーヒーを飲むような感覚で、日々の生活のなかに組み込まれています。
最初は難しいなと思っていても、向き合い続けていくと、それは「できること」になっていくんですね。
表現を固定しないこと。異なる存在が共存する世界
——今回のドローイングでは、どのようなものを描いているのでしょうか。
花をモチーフにしています。ただ、毎回同じ描き方をするのではなく、いろいろな表現を試しています。私の絵画制作では、さまざまな存在が一つの世界のなかに共存することを考えています。
誰かにとって都合のよい世界は、別の誰かにとっては不都合な世界かもしれません。人にはそれぞれの立場があって、喜びも悲しみもある。意見が異なることもあります。それでも、お互いに意見を伝えたり、擦り合わせたりしながら、どこかに着地点を見つけられたらいいなと思っています。
誰か一人が支配するのではなく、いろいろな存在があって、少しカオスなところもありながら、一つの世界として成り立っている。そういうイメージを持って、画面のなかにたくさんの花を描いています。だからこそ、表現の仕方を一つに固定したくないという気持ちがあります。
今回の120日間の制作でも、毎日違う表現が生まれています。自分にとっても、新しい経験になっています。
——その考え方は、今回のプロジェクトともつながっていますね。
そうですね。芸術祭を主催する側にも、アーティストの側にも、それぞれの立場や考えがあると思います。でも、主催者とアーティストの間には力の差があって、アーティストが弱い立場になってしまうこともあります。それはよくないことだと思いますし、社会にはいろいろな人がいて、さまざまな立場や意見があります。それを一方的に押しつけるのではなく、お互いに伝え合うことができれば、よりよいものをつくれるのではないかと思っています。
今回のクラウドファンディングの企画は、私が絵画制作のなかで日々考えてきたことと重なる部分がありました。だからこそ、今回のプロジェクトに関わりたいと思ったのだと思います。
自分が直接の当事者でなくても、できることがある
——ご自身が、フランスで暮らしていることも、今回の連帯について考えるうえで影響していますか。
あると思います。フランスでは、デモなどを通して、さまざまな立場の人が自分たちの意見を表明する場面を目にします。自分自身が直接大変な状況に置かれていなくても、困難な立場にいる人たちを助けようとしたり、連帯を示したりすることがあります。
私が住んでいる地域でも、学生たちのデモをきっかけに、ほかの立場の人たちが連帯を表明していく様子がありました。ちょうど、郁川さんと今回のクラウドファンディングについて話していた時期でもあり、連帯するということについて改めて考えました。
自分が直接の被害を受けていなくても、何かできることがあるかもしれない。そう考えて行動する人たちが、身近にいるんです。
今回のことも、問題について考えてはいたけれど、なかなか具体的な行動には移せずにいました。でも、郁川さんが動き始めたことをきっかけに、自分にもできることがあると思えました。
誰かから「こうした方がいい」と言われたわけではありません。私自身がやりたいと思ったから、やることにしました。
アートは、誰かにどう思われるかだけを基準にしてつくるものではないと思っています。自分がやりたいと思ったことを、自分の意思でやる。その意思とともに作品ができていくのだと思います。
今回、120日間描き続けようと決めたのも、自分のなかでそうした意思を持てたからです。
一枚ずつ描くことが、誰かの行動につながっていく
——120日間の制作を通して、どのようなものが生まれると考えていますか。
まだ15枚くらい描いた段階ですが、これが120枚並んだらどうなるのだろう、と最近は思ったりします。
一枚ずつは小さな行為かもしれません。でも、それが120枚集まったときには、また違ったものが見えてくるのではないかと思います。一日一枚という行為を積み重ねること。その集合が持つ迫力のようなものを、自分自身も見てみたいです。
——制作を続ける中で、ご自身の中で何か変わってきたことはありますか?
はい、ドローイングを続けるなかで、自分自身の気持ちにも少しずつ変化が生まれてきました。
このプロジェクトの発端となった芸術祭をめぐっては、私たちはそれぞれに苦しい経験をしました。以前は相手への怒りや後悔、自責の念にとらわれることもありました。
でも、郁川さんがご自身の想いを行動に移し、クラウドファンディングを通して問題の解決に向けて動いている。その姿に触発されて、私も毎日ドローイングを描くという行動を始めました。
今回の件がなければ、このように日々描き続けることもなかったと思います。制作を続けるなかで、苦しい経験から思いもよらないかたちで新たな創造が生まれることもあるのだと気づきました。そうした経験を通して、改めてアートの持つ力と可能性を実感しています。
そして何よりも、今回の問題が解決されてほしい。
自分が描いたものが、クラウドファンディングを通して、支援してくれる方の手に渡り、それがプロジェクトを支えることにつながる。そうした形で、このプロジェクトに連帯できることを嬉しく思っています。郁川さんが悩みながらも前に進もうとしていることに対して、私も日々描きながら、少しでもその活動を支えられたら。
そして何よりも、今回の問題が解決されてほしい。120日間描き続けることが、文化芸術を取り巻く問題や、私たちが直面している現状を変えるための一つの行動になればいいなと思っています。
ーーー
「何かしたい」という気持ちがあっても、何をすればいいのか、どこから関わればいいのか分からないことがあります。フランスで暮らすMiuShinodaさんも、今回の問題に対して自分に何ができるのかを考え続けていました。彼女が選んだのは、毎日一枚、ドローイングを描くこと。それを120日間続けること。そして、描いた作品をこのプロジェクトを支援してくれる人に届けること。遠く離れた場所から、自分にできる方法で問題に関わり続ける。その一枚一枚が、作品を受け取る人とプロジェクトをつないでいます。
芸術祭で起きたことを、個人の経験や記憶のなかに閉じ込めないために。私たちは、作家たちの経験を記録し、問題の背景を検証し、これからの持続可能な芸術祭のあり方を考えていきます。一枚のドローイングから始まる関わり方がある。異なる立場や場所から、それぞれにできることを持ち寄りながら、この活動を続けていきます。
プロジェクトへの応援・ご支援を、引き続きよろしくお願いいたします。
- 前の記事へ
- 次の記事へ
